【映画】「少年たちの時代革命」感想・レビュー・解説
とても良い映画だった。
相変わらず僕は、映画についてほぼ調べずに映画館に行くので、この『少年たちの時代革命』のことを、ドキュメンタリー映画だと思いこんでいた。映画が始まってすぐ、あれ?ドキュメンタリー映画じゃなさそうだ、と思ったが、ただ、しばらく確証は持てなかった。随所に、恐らく実際のものだろうデモ映像が挟み込まれ、それが実に上手く作品に馴染んでいるからだ。また、『時代革命』というタイトルのドキュメンタリー映画を観ていたことも関係しているだろう。
とにかく、途中からフィクションだと分かったわけだが、映画で描かれているのは、実際に香港の民主化運動で起こっていた知られざる動きである。
というわけでまずはざっくり内容を紹介しておこう。
2019年6月、1人の男性が香港政府への抗議を込めて自殺した。それ以降、香港では、若者の自殺が増えていく。
YYとジーユーは、香港に住む18歳の少女たちだ。普段は、ゲームセンターのUFOキャッチャーでぬいぐるみを取る様子をSNSに上げるなど、普通の女の子だ。当時の中国では「穏健派」と「勇武派」に分類されており、名前の通り「穏健派」はデモなどには参加せずに反対の意思を示し、「勇武派」はデモに積極的に参加して闘っている。YYもジーユーも、「穏健派」だ。
YYは、自殺した男性の慰霊碑まで出向き、手を合わせた。彼女の父親は中国で働いており、離婚した母親はイギリスで暮らしている。彼女は香港で1人だ。
7月21日、デモに参加していた勇武派の多くが逮捕された。その混乱に巻き込まれる形で、YYとジーユーも逮捕されてしまう。YYはジーユーから、「人助けなんてしてないで逃げてれば、私たちは捕まらずに済んだ」と非難されてしまう。そしてジーユーは、父親と相談し、香港以外のどこかに留学する決断をした。YYは親友とも離れ離れになってしまうのだ。
勇武派であるナムと、勇武派の後方支援を行っている恋人のベルは、他の仲間達と日々闘争に明け暮れている。彼らもまた、7月21日に逮捕されており、有志で協力してくれている弁護士からは「しばらく行動を抑えるように」と言われているのだが、ナムはそんな言葉を聞くつもりはなく、再び最前線に飛び出している。
そんなある日、ナムは仲間が乗った車から降りて、1人の少女の元へ駆け寄る。YYだ。彼らは短く会話を交わし、ナムが気晴らしにとお菓子を差し出して別れるのだが、その後YYの消息が分からなくなる。SNSには、別れを示唆するようなメッセージを投稿した。もしかして、自殺するかもしれない。そう考えた彼らは、デモの最前線に合流するのではなく、協力してくれるソーシャルワーカーと共に、香港の街からYYを探し出そうと奮闘するが……。
というような話です。
この映画は、民主化運動の最中、自殺者を救い出そうと結成されたボランティアの捜索隊に着想を得て創作されたという。上映後に、監督とナムを演じた俳優によるトークイベントが行われたのだが、その中で監督は、この映画の制作のきっかけについて話していた。民主化運動の最中に、自殺者を救う捜索隊の存在を知り、監督もボランティアとしてその活動に加わったことがあったそうだ。どうしても民主化運動においては、デモ最前線で闘うものやオピニオンリーダーばかりが賞賛されてしまいがちだが、監督は、あまり広く知られていなかったこの捜索隊の実情も知られるべきだと考え、映画の制作を決めたのだという。
先程少し名前を出した『時代革命』というドキュメンタリー映画を観て、香港の民主化運動についてはかなり知った気になっていたが、やはりあれだけの規模の出来事について、映画1本観たぐらいで理解できることなどたかが知れていると、この映画を観て改めて理解できた。
映画が始まってからしばらくの間は、ほぼ説明らしい説明がないまま物語が進むので、状況を正確に捉えることが出来なかった。映画の中で、真っ黒な画面に文字だけがカタカタ入力されていく場面があるのだが、後から振り返ってようやく、それが「YYがSNSに書き込んだメッセージ」だと理解できたぐらいだ。正直僕は、「登場人物たちが、どうしてYYが自殺しようとしていることを知ったのか」をちゃんと理解していなかった。なるほど、あの文字カタカタが「YYがSNSに投稿したメッセージ」だとしたら、そりゃあ自殺を疑うよな、と。
ソーシャルワーカーが登場し、YYを探そうという話にまとまった辺りからようやく物語の整理が出来た。そしてそこからはかなりシンプルな展開だ。とにかく、みんなで一生懸命YYを探す、というだけの話だ。
ただ、その合間合間に、YYを探す者たちの様々な葛藤についても描かれていく。
そもそも、「YYを探す」というのはほぼナムの独断であり、他の面々は「何故ナムがそこまでYY探しに没頭するのか」を理解できない。他のメンバーとすれば、「そりゃあ1人の少女の命は大事だけど、YYが自殺すると確定したわけではないし、デモの最前線だって大変なんだから、こんなことしてていいのか」みたいな感覚になっている。恋人のベルも、ナムの真意を知らないわけで、ヤキモチ的な感情も少し入り混じっているだろう複雑な内心を抱えている。
ナムの真意については、映画の最後の最後で明かされるので、メンバーも観客も、その理由が判然としないままナムの決断についていくことになる。そしてだからこそ、内紛のような言い争いが度々起こることになる。
特に突っかかってくるのが、ナムを兄貴分として慕い、ナムがいるからデモに参加していると語るルイスだ。彼は何度もナムに当たる。ナムのことを慕いつつも、「ナムが可愛い女の子のためにメンバーを振り回している」とも感じているのだ。
ただ、メンバーの中に、母親を投身自殺で亡くしている者がいる。ドライバーの兄と後方支援の妹の兄妹だ。彼らは、母親の死に負い目を抱えていることもあり、ナムの真意を理解してはいないももの、YY探しに積極的になってくれるし、彼らの存在が「メンバーをYY探しに向かわせる」上で重要になっている。
メンバーには、15歳のバーニズムもいる。偵察役である。彼は父親が警察官であり、「ブラック警察」とその存在を忌み嫌っている。デモに参加していることは当然親には内緒で、「友達の家でゲームする」と嘘をついている。彼はある場面で、「大人はすぐに意見を変える。だったら僕は大人になんかなりたくない」と口にしていた。彼が「YY探し」をどう捉えているのか分からないが、やはりデモの最前線に関わっていたいという気持ちを持っていることは確かだと思う。
そしてやはり、ナムとその恋人であるベルが物語の中心になってくる。彼らがどんな境遇にいるのかについては、中盤以降に具体的に語られるが、映画の冒頭で「薄暗い部屋で寝起きするナム」と「高級そうな住宅で優雅に過ごすベル」という描写がなされるので、彼らの関係に格差があることが分かる。公式HPのキャラクター紹介に書かれているので触れていいと思うが、ナムは大学受験に失敗し建設作業員として働いており、ベルは香港の名門中文大学の学生で、イギリスへの留学の予定がある。この関係性も、なかなか難しい。
映画の中で他に興味深かったのは、デモに関わる若者たち以外の反応だ。例えば、ルイスの父親だったと思うが、「親中で何が悪い。金儲けの方が大事だ」と息子に言ったりするし、また見張りをしていたベルが通行人から「犯罪だよ、こんなこと良くない」と怒られたりする場面が描かれる。あるいは、彼らが食堂で食事をしていると、デモの様子を映し出したテレビ画面に向かって、「子どもたちがアメリカ人からお金をもらって暴れてるよ。みんな死んじゃえばいいのに」と聞こえよがしに言ったりもするのだ。香港の民主化運動では、若い世代が多く立ち上がったことは知っていたし、旧い世代がそれにあまり同調しなかったこともなんとなく知っているが、ここまであからさまに非難の対象になっているという事実は知らなかったので、なかなか驚かされた。
トークイベントでは、監督が撮影で苦労したエピソードについて語っていた。撮影中も、香港の警察から尋問されたりすることもあったが、それが一番大変だったわけではないそうだ。一番大変だったのは、屋上でのシーン。当時コロナのために外出制限がかかっていたこともあり、撮影のために貸してもらえる屋上を探すのが困難だったそうだ。ようやくイギリス人から借りれたのだが、撮影予定日に台風がやってきて大雨だった。そこで予備の日に撮影を回したのだが、その予備の日により大型の台風がやってきてしまったそうだ。とにかく、撮るしかないと決めて、なんとか撮影を終わらせたそうだ。
トークイベントでは、質問も受け付けていたので、「監督や出演者が逮捕される危険性はないんでしょうか?」と聞いてみた。『時代革命』の監督が以前、逮捕も覚悟していると語っていたのを聞いていたからだ。それを受けて監督は、「確かにその可能性もある」と言っていたのだが、さらにこんな話を続けた。映画制作は、1人であれこれ考える時間も多く、それこそ牢獄に閉じ込められているような時間を過ごすことになる、だから実際に逮捕されて数年刑務所に入るとしたら、その間に数本の素晴らしい脚本を書けるだろうから、悪くないかもね、と。とても興味深い受け答えだった。