【映画】「TITANE/チタン」感想・レビュー・解説

常軌を逸した意味不明さだったが、とにかく凄かった。

マジで最後の最後まで意味不明だったが、なんだかよく分からないまま見させられてしまった。凄いパワーの映画だと思う。

基本的に、すべての展開が「理屈を超えている」という感じだ。全然、説明がつかない。別に「物語はすべて説明されるべきだ」なんて全然思っていないし、説明されない部分が作品の魅力になることも多々あるだろう。ただ、この作品の場合、「部分」ではなく「全体」において説明が放棄されていると感じる。制作側がどんなつもりでいるか分からないが、少なくとも、「大体の人が理解できるだろう」などという想定で作っていないことは確かだと思う。

普段通り、内容をよく知らずに観に行っているわけだが、「脳にチタンを埋め込んでいる」ぐらいの設定は知っていた。だから、「そのチタンが何か脳に作用し、それによって何かが起こった」という説明になるのだと思ったが、全然そんなことはなかった。

もちろん、作中で起こるあらゆることは、最終的に「脳に埋め込んだチタンのせいだ」ということだと思うが、正直、「脳にチタンを埋め込んだこと」は、映画の冒頭で設定として登場して以来、一度も触れられることがない。「全部、脳に埋め込んだチタンが悪いってことでヨロシク!」みたいなぶん投げっぷりなのだ。

ただ、それが不愉快とか、物足りないとかいう感じにはならない。そもそも、展開と映像の密度が濃すぎて、”それどころじゃない”という印象だ。とにかく、展開が進むに連れ、様々な場面で「え???」となる場面が出てくる。全然意味が分からない。意味はわからないし、説明もほったらかしのままどんどん進んでいくのだが、「そういうものなのだ」と受け入れてしまう。

その最大の要因が「痛み」であるように思う。

テーマ全体とどう絡むのは、イマイチ理解しているわけではないが、この映画ではとにかく随所で「痛み」が強調される。主人公が唐突に誰かを傷つける場面では、「そんなん止めて……」と思うくらいのやり方をする。主人公が様々な意味での”自傷”を行う(しかしこれらはすべて、「死の欲求」とは無関係だ)場面では、「いやいや無理やろ……」と感じるほど躊躇がない。

別に僕自身が痛めつけられているわけでもないのに、時々顔をしかめてしまうぐらい、画面越しに強烈な「痛み」が届く。「痛み」そのものを感じているわけではないのだが、「『痛い』という記憶」が刺激され呼び覚まされているような、そんな感覚にさせられるのだ。

そしてそれによって、観客の神経が麻痺するのではないかと思う。「痛み」に支配されて、正常に物事を考えることができない。明らかに「理屈に合わない、異常な状況が現出している」のに、もはやそんなことはどうでも良くなってしまうのだ。

そして、男の僕にはたぶん正しくは理解できないのだが、この映画で描かれる「痛み」が、まさに「女性そのもの」であることを示しているような感じがする。この作品では、主人公の女性が途中から男に成りすますのだが、そんな設定のこととはまったく関係なく、この「痛み」こそが、この映画を非常に「ジェンダー的」にしている気がする。

勝手な捉え方ではあるが、この映画で執拗に強烈に描かれる「痛み」は、妊娠・出産・生理などの「女性特有の痛み」や、「社会の中で女性が生きることの苦痛」など、様々なものを含んでいるように感じる。これほど暴力的で、ある意味で残虐で、そしてまったく理解不能な、観る者を寄せ付けなさそうな映画であるのに、たぶんこの「『痛み』への共感」みたいなものが観客との橋渡しの役割をしているのではないかと思う。この映画で描かれるありとあらゆる事柄が「私が生きる世界とは遠い異質なもの」であるのに、その中で描かれる「痛み」だけが、スクリーンを突き破って観客に直接突き刺さるような、そんな感じの映画だと感じた。

僕は普段、映画は「物語」「展開」などに関心がある。ビジュアルや役者の演技、音楽などと言ったものにはさほど反応できない。しかしこの映画では、「物語」「展開」は最初の最初から完全に破綻しており、「そもそも存在しない」と言っていいぐらいだ。そして、その代わりというわけではないが、普段まったく自分には届かない「絵力」みたいなものがブワッと圧力のように襲いかかってきて、ずっとその衝撃に圧倒されていた感じだ。

さて、この映画はどうしても主人公のアレクシアに目がいくが、「ヤバさ」でいえばヴァンサンもヤバい。ってかなんだコイツ。アレクシアの狂気は、すべてを「脳内のチタン」のせいにすればいいからまだ理解できるが、ヴァンサンの狂気はなんだかよく分からない。

「10年前に息子が失踪した」という現実を直視できないでいるということはもちろん理解できるが、「だったら仕方ないよね」とはさすがにならない。ヴァンサンが、「狂気の入り口」をくぐった描写が一切ないままどんどんと狂気的になっていく様を見て、なるほど彼は最初から狂気に囚われていたのだと理解できるし、それを補強する元妻との描写も出てくる。

異質な狂気が入り混じり、その瞬間その空間でしか成立し得ない「凪」みたいなものが立ち上がる。常軌を逸した2人が押したり引いたりすることによって、結果として「不安定な不動」みたいな状況が生まれ、不安定さの中で何故かお互いの有り様が定まっていくという異質さにも驚かされる。

公式HPによると、アレクシアを演じたアガト・ルセルはほぼ演技経験がなく、本作が長編映画デビューだそうだ。というかHPに、「キャスティング・ディレクターがインスタグラムで発掘した新人である」と書いてある。そういう背景を含めて、何もかもがぶっ飛んだイカれた作品である。

ほんとに、意味不明だったけどとにかく凄い映画だった。


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