【映画】「フード・インク ポスト・コロナ」感想・レビュー・解説
実に興味深い作品だった。たぶん本作は続編で、『フード・インク』というタイトルの映画があるのだと思う。そして、「コロナ後の状況を踏まえた世界の変化」を加えて、新たな作品を作ったというわけだ。
本作で扱われているのは、要するに「世界の『食』が危険な状態にあるよ」という現実に対する警鐘である。そしてその内容が、とにかく興味深かった。「代替肉」など、知っている内容も多少は出てくるが、ほとんどが「全然知らなかった話」であり、「なるほど、こんなことになってるのかぁ」と思いながら観ていた。ただ、本作で描かれているのは主にアメリカの話であり、確かにグローバルに世界が繋がっているとはいえ、今の日本の状況に合致するかと言われればそんなことはなさそうに思う。だが、日本に生きている以上、アメリカという国との関わりは切っても切れないし、さらに、それが「食」のことであればなおさらなわけで、「知っておくべき現実」という感じだった。
さて、本作では実に様々な内容が扱われるのだが、まずは僕が最も興味深いと感じた話から触れることにしよう。本作は全体的に、「多国籍企業がヤベェことをしている」という現実を炙り出す作品なのだが、これから触れる話はそこからは少し外れる。ただ、「ダイエット」などにも直接的に関係する話だと思うし、本作全体の中でも、より一般的な関心を喚起できる内容だと思う。
焦点が当てられるのは「超加工食品」である。定義はともかく、ざっくりと「添加物や着色料やよく分からない化学成分がてんこ盛りの食べ物」ぐらいに捉えればいいだろう。本作では、「アメリカ人が接種するカロリーの58%は超加工食品によるもの」と示されていた。アメリカ以外の国ではそこまで高くないようだし、日本企業が作る食品は「添加物を減らす方向」に進んでいるはずだから、関係ないと言えば関係ないと言えるかもしれないが、ただ、「人体の不思議」に関する話なので、特にダイエットをしている人は知っておいてもいいだろう。
さて、作中に登場するある研究者は元々、「食品と脳の報酬系の関係」を調べていた。行っていたのは、「チョコレートを摂取した際の脳の活動の変化」を機械で計測することである。チョコレートが、脳のどの部位を刺激するのかに関心があったそうだ。
そんな研究をしていたら、ペプシ社から連絡がきたという。彼女の研究に関心を抱いたのだ。ペプシ社が考えていたのはこういうことだった。「もし、甘みを変えずにカロリーを抑えた飲料を作ったら、脳はどう反応するのか?」。その研究者は、「ペプシ社も、より健康的な商品を作りたいと思っていたのでしょう」と、自身の研究に資金提供をした理由を推測していた。
さて、彼女は実際に実験を行った。それは次のようなものである。まず、「甘さを一定にしたまま、カロリーを変えた飲料」を5種類用意した。ここで、後々の説明のために、先に説明をしておこう。自然界では「甘さ」と「カロリー」は相関関係にある。つまり、「甘さ指標100」に「カロリー指標100」が対応している、みたいなことだ。自然界には、「甘さ指標100」なのに「カロリー指標50」のようなものは存在しない、というわけだ。
実験では、「甘さ指標100」に対して、「カロリー指標30・70・100・150・200」の5種類の飲料が用意されたとしよう(作中で示された実際の数値とは異なる)。研究者は、「カロリー指標200」のものに最も脳が反応すると考えていたそうだ。確かに、甘さが同じであれば、カロリーが高いものに脳が反応する、と考えるのが自然だろう。
しかし、実際にはそうはならなかった。5種類の飲料を飲まされた被験者の脳をチェックすると、甘さとカロリーがきちんと対応したもの、つまり「甘さ指標100 カロリー指標100」の飲料に脳が最も反応したのである。これについては別の学者がこの前段で、「人類は長い年月を掛けて、甘さ(味)から栄養素やカロリーなどを推定する能力を蓄積してきた」みたいな説明をしていた。だから、「甘さ指標100」であるなら、それに対応した「カロリー指標100」の飲料に、脳が最も馴染んでいる、というわけだ。
さて、面白いのはここからである。彼女はさらに研究を行ったところ、実に興味深いことが分かった。それは、甘さとカロリーが対応した飲料の場合に最も代謝力が高く、それ以外の飲料では代謝が落ちた、というのだ。
作中ではこれ以上詳しい説明はなかったが、これは要するにこういうことだ。「甘さ指標100 カロリー指標100」を摂取した場合は、摂取したカロリーはちゃんと代謝される(100すべてが代謝されることはないだろうから、90が代謝され、10が脂肪に変換されたとしよう)。では「甘さ指標100 カロリー指標70」の場合はどうだろうか? この場合、代謝は落ちるので、摂取した70のカロリーの内40しか代謝されず、残り30は脂肪に変換してしまう、みたいな感じになるのだと思う。
つまり、カロリーの低い飲料(「甘さ指標100 カロリー指標70」の飲料)よりもカロリーが高い飲料(「甘さ指標100 カロリー指標100」の飲料)を飲んだ方が、脂肪に変換されにくい、というわけだ。重要なことは「摂取カロリーの量」ではなく、「様々な栄養素や性質(ここでは「甘み」)とカロリーの割合が、自然界に存在するものと近い」かどうかなのである。
となれば、ペプシ社の目論見は崩れたことになる。彼らは「甘みは変えずにカロリーを抑えた飲料を開発したい」と考えていたわけだが、「そういう飲料を摂取することで、より多くのカロリーが脂肪に変換されてしまう」可能性が示唆されたからである。この結果を受けてペプシ社は、彼女に「この研究は意味不明だ」という趣旨のメールを何通も送り、資金提供も打ち切ったそうだ。彼女は、「後になって分かったけど、恐らくペプシ社は、私の研究の正しさを理解していたからそんな反応をしたのでしょう」と話していた。
さてこの話は僕らにも関係してくるだろう。例えば、世の中には色んな「人工甘味料」がある。商品名はパッと出てこないが、「甘さは変わらないけど、カロリーは控えめ」みたいに謳っている商品は色々あるだろう。しかし、本作で紹介されている研究を踏まえれば、そういう人工甘味料を摂取することで、同じ甘さの通常製品(カロリーを調整していないもの)より「太りやすい」と言えるからだ。「自然のものがすべて良い」という考えも正しくないと思うが(そういう主張をしたいわけではない)、少なくとも本作で示された研究によれば、「自然に存在する食べ物と比較して、カロリーを大きく調整した食品はより太りやすい」と言っていいと思う。この点は意識しておいて損はないだろう。
さて、「超加工食品」の話のついでにもう1つ触れておくが、面白かったのがブラジルの話だ。元小児科医がサンパウロの子どもたちを見てきて、昔と比べて栄養失調の子は減ったが、今は肥満が増えている。それはまあ別に驚くようなことではないが、彼が驚愕したのは、人々の「塩・砂糖・油の購入量」が減っているという事実だ。これらは肥満を誘発する食品であり、「肥満が増えている」のであれば、それらの購入量も増えていなければおかしい。しかし実際には減っているのだ。
そこで目を付けたのが「超加工食品」である。ブラジルでは、伝統的な食事・食べ物の多くが「超加工食品」に置き換わってしまっていた。となれば、ここに原因があるのではないか?
彼のこの疑問を研究してくれる人が見つかった。その人物は、まず2種類の食事を用意した。一方は「超加工食品をふんだんに使ったもの」、そしてもう一方は「超加工食品をまったく使っていないもの」である。両者は、カロリーだけではなく、脂質や糖質などの条件もすべて同じになるように調整された。
その上で被験者に、この2つの食事のどちらかを食べてもらった。その際に、「食べる量は自分の好きにしていい」と指示した。つまり、「満足いくまで食べて、十分だとなったら残してもいい」というわけだ。
さて、結果はどうなったか。なんと、「超加工食品をふんだんに使った食事」の方がそうではない食事よりも500kcalほど多く食べたそうだ。普通、食事における摂取カロリーの個人差は30~50kcalだそうで、500kcalもの差はちょっと驚くべきものだという。この研究により、「超加工食品は、人々により多くの食事をさせる性質がある」ということが判明したのである。これは、単純に摂取カロリーが増えるだけではなく、先程のペプシ社絡みの研究結果を踏まえれば、「代謝されずに脂肪に変換されるカロリーを多く摂取している」というわけで、より健康に悪いと言える。そりゃあ、アメリカ人が太っていくわけだよなぁ、と思う。
さて、大きな話題の中でもう1つ興味深かったのが「独占禁止法」である。
最近、アメリカ司法省が「グーグルが反トラスト法(日本でいう「独占禁止法」)に抵触しているので、事業の分割を要求するかもしれない」みたいな話をニュースで見かけるようになった。僕はこのニュースを見た時、「アメリカが事業分割なんてことを、本当にやらせるだろうか」と思った。アメリカとしたら、世界的に強い企業が存在する方が色んな意味で都合がいいと思ったからである。
しかし本作を観て、少し考えが変わった。アメリカという国はそもそも、「市場の独占を許さない」という方針をベースに発展してきた国だというのだ。「自由市場」をとても重視しており、本作では「AT&T」という電話会社の例が紹介されていた。
1940年代、AT&Tは市場の14%を占めていた。当時のアメリカは、この数字を懸念したそうだ(今の感覚からすれば、「14%で市場独占?」と感じるかもしれないが、それぐらい「自由市場」を重視していたと捉えるべきなのだろう)。しかし当時は「AT&Tの解体」という話にはならなかった。膨大な電話回線を管理する会社が必要だったからだ。
しかしその後、結局AT&Tは解体された。そしてそれにより、長距離電話の料金は劇的に下がり、それによって携帯電話やインターネットなどの技術革新が進んだという。作中では、「市場独占の解消はイノベーションを生む」と紹介されていた。
しかしその後1980年代頃、アメリカは少し方針を変えたという。「安くモノを提供するなら、1つの企業が独占してもいい」という風に考えていたようである。そして、そのようなタイミングを狙って、企業は買収を繰り返し、巨大化していった。そうして、食品業界に限らないが、現在のような「ごく僅かな多国籍企業による市場独占」という状態が生まれたのである。
アメリカでは、「食肉業界は、大手4社で市場の85%」「シリアル業界は、大手3社で市場の83&」「炭酸飲料業界は、大手2社で70%」「乳児用ミルク業界は、大手2社で80%」という、凄まじい寡占状態にあるそうだ。
そして、このことが様々な弊害を生んでいる。
例えば、ある畜産業者は、「以前なら、買取り価格に納得がいかなければ別の業者に売れば良かったが、今は加工業者が買収によって数が減り、相手の言い値で売らざるを得ない」と話していた。まさに、競争原理がまともに働いていないという状況である。
また、寡占状態は非常に脆弱でもある。ある時、乳児用ミルクのアボット社がある生産工場で問題を起こし、その工場を閉鎖してしまった。すると市場から43%もの乳児用ミルクが一気になくなり、母親たちはミルク難民になってしまったのである。
さらに深刻な問題について、映画の割と早い段階で指摘されていた。アイオワ州ウォータールーでのことだ。
ここには、「タイソン・フーズ」という大手食肉会社の工場があり、住民の多くがここで働いている。そして、コロナウイルスが広まり始めた頃、このタイソンの工場で次々と陽性者が出たのである。映画に出演した保安官は、雇用を生み出してくれるタイソン社とは関係を悪化させたくないと思いつつも、当時の工場の様子を見に行って驚いた。コロナ前の作業の様子も作中で流れるが、肘を突き合わせての作業であり、感染対策は皆無、従業員が床に吐いた後何事もなかったかのように作業に戻る、みたいな状況もあったという。
このような状況を受けてウォータールーでは、タイソン社に10日~14日ほど操業を停止してほしいと申し入れた。日に日に陽性者が増え、死者まで出始めたからだ。しかしタイソン社からは「あり得ない」という反応だった。それどころか同社は、大統領(当時はトランプ大統領)に訴え出たのである。
アメリカには「国防生産法」という法律が存在し、企業はこれを盾に、「国民のための食肉生産のために工場の操業を続けさせてくれ」と嘆願。トランプ大統領は操業を認める署名にサインしたのである。しかし、「国防生産法」というのは本来「企業を抑止する」という目的の法律であり、それを逆手にとって企業活動のために利用するなどあり得ないと、作中に出てくる専門家は語っていた。さらに驚くべきことに、そんな理屈で操業を続けた工場では、実は海外輸出用の食肉が多く加工されていたのだ。「国民のための食肉生産」というのは、嘘だったのである。
また本作の冒頭では、同じように「労働者が使い捨てにされている現実」が紹介される。フロリダ州のイモカリーという地域では、南米やハイチなどの移民労働者を劣悪な環境で働かせ、搾取・虐待が当然のように横行していたというのだ。しかしこの点については、本作の後半で新たな取り組みが紹介されていた。「フェアフードプログラム」という仕組みを作り、生産者だけではなく、それを購入する企業とも契約を結び、労働者の働く環境の改善に努めているのだ。これは、「フェアフードプログラム」に参加している生産者の農作物は、「フェアフードプログラム」を契約した企業でなければ購入できない仕組みであり、例えば、この契約を拒否したウェンディーズは、フロリダ州ではなくブラジルからトマトを仕入れているという(他にも色んな企業がこの契約を拒否しているようだ)。フロリダ州では既に、生産されているトマトの9割がこの「フェアフードプログラム」によって作られているそうだ。
また、「政府が特定の作物に補助金を出すせいで、豊かな土壌なのに表土の半分が既に失われてしまった土地」や、「スタンフォード大学や外科医を辞めて代替肉の研究に身を捧げる人たち」、あるいは「海洋資源を守るためにコンブを育て始めた漁師」など、色んな人が取り上げられている。また、学校給食に関して「仕入れの3割は地元農家から仕入れなければならないと決めたブラジル・サンパウロ」や、「流通業者からではなく農家からの直接仕入れに切り替えたニュージャージー州カムデン」など、新たな取り組みも紹介されていた。
「食」はすべての人が関係する話であり、アメリカの出来事と言えど無視は出来ない。観ながら何となく、「日本の現状はここまで酷くはないだろう」と思ったが、ただ「持続可能なフードシステム」はどの国であっても必須であり、我々も「買う」という行動・選択によって意思を示さなければならないだろう。そんなことを考えさせる作品だった。
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