【映画】「夏目アラタの結婚」感想・レビュー・解説
思いがけず面白くてビックリした。と書くのは失礼だが、ただ、個人的には「黒島結菜を観に行った」ぐらいのつもりだったので、「映画も面白くてラッキー」みたいな感じになった。しかし、「歯がメチャクチャ汚い黒島結菜」のビジュアルはインパクトあるなぁ。演技も凄かった。
さて、この「歯」の話で言えば、本作を観る前にネット記事で、「原作者が『真珠の歯の再現』の見事さに映画化をOKした」みたいなのを読んだ記憶がある(うろ覚えだが)。で、その時僕はまだ、主人公の名前が「品川真珠」だと知らなかったので、「歯に真珠を埋め込んでるのか?」と思ったのだけど、全然違った。
まあ、そんな話はどうでもいいのだが、「死刑囚と結婚する」という冒頭の展開のスムーズさ(違和感のなさ)や、「法廷劇」としての面白さ、さらには超特殊ではあるが「恋愛」も描かれるわけで、ちょっと想像できない物語に仕上がっていると思う。僕も映画を観ながら、「インパクトのある展開やビジュアルで惹きつけることは出来ているが、これ、一体どんな風に物語を閉じるんだろう?」と思っていた。けど、「法律の間隙をついた意外な展開」からのラストの物語は、結構良かったなと思う。漫画原作なので、かなりの突拍子も無さが描かれるわけだが、それを、役者の演技などで「かなりリアルに寄せている」ので、「単なるエンタメ作品」というだけではない雰囲気にまとまっていると思う。
というわけで、まずは内容の紹介をしていこう。
児童相談所で働く夏目アラタはある日、関わりのある児童から思いがけない話を聞かされる。なんと、死刑囚と文通しているというのだ。その少年はその死刑囚に父親を殺されている(という容疑で控訴審を待っている)のであり、さらに、未だにその首が発見されていないのだ。そのため少年は、夏目アラタの名刺が手近にあったこともあり、彼の名を騙って死刑囚と文通していたのである。
そしていよいよ、「会って話そう」というタイミングになったところで少年に打ち明けられた夏目アラタは、東京拘置所へと足を運ぶことにした。面会の相手は、品川真珠。3年半前、自宅で死体を解体している最中に逮捕された彼女は、逮捕時ピエロの格好をしており、世間では「品川ピエロ」と呼ばれている。3人を殺害し死体をバラバラに損壊した罪で起訴され、一審では完全黙秘を貫いたまま死刑判決が下っていた。彼女の家には実は、身元不明のDNAが血痕から検出されているのだが、結局裁判までに身元が明らかにならなかったため、4人目の被害者と思われる事件では起訴されていない。
面会室の扉を開けて入ってきた品川真珠は、当然ピエロの格好をしているはずもなく、また太った姿が印象的だった逮捕時とは異なり痩せていた。そして夏目アラタを見ると、「なんかイメージと違った」と口にして帰ろうとしたのである。
アラタは、「父親の首の在り処を聞き出す」という重責を担っていることもあったが、それ以上に、「ここ数年で最も有名な殺人鬼」であり、そして「品川ピエロ」という印象から程遠い見た目だったこともあり、個人的に関心を抱いた。そこで彼は、立ち去ろうとする真珠に、「俺と結婚しよう」と叫んだのである。もちろん、彼女の気を惹くためのその場しのぎの口からでまかせに過ぎなかった。
しかしその後、自宅で寝ている時に、真珠の私選弁護人だという宮前光一がやってきた。彼は、アラタが真珠と結婚するという話を聞きつけ、その本気度を探りにやってきたのだ。というのも真珠は、逮捕されてから一貫して黙秘を貫いており、弁護人である宮前にも事件の話をしない。それが、何故かアラタには胸襟を開いているように思えるのだ。宮前は実は、国選弁護人として真珠の担当をした時から、彼女の「無実」を信じており、その証明のためなら何でもするつもりでいるのである。
こうして、宮前の介入もあり、アラタは本当に真珠と獄中結婚をすることになった。
しかしアラタは、本来の目的を忘れてはいない。真珠から信頼を得て、首の在り処を聞き出そうと考えているのだ。しかし真珠は思いの外手強い。そしてそこに1つ、疑問点があるのである。
アラタは品川真珠についてざっくりした情報を知っていた。母親からの虐待に遭っており、学校もまともに通えなかった。後に看護学校に通うも、途中で辞めている。恐らく、学力的にはかなり劣るはずだ。にも拘らず真珠は、アラタを試すような丁々発止のやり取りを続けるのである。
その疑問は、宮前から聞いた話によってさらに補強されることになった。真珠は8歳の時に知能テストを受けており、同年代の平均よりも低い70というスコアだったのだが、逮捕後に改めて行われたまったく同じ知能テストでは108というスコアだったのだ。10前後の誤差は起こり得るようだが、30以上の違いは普通あり得ない。だから、8歳から逮捕までの間に、彼女の身に何か大きな出来事が起こったのではないかと思うのだが、宮前もそれが何なのかは分かっていないようだ。
そんなわけで夏目アラタは、夫として面会や裁判の傍聴へと出向き、真珠のガタガタの歯を目にしながら、彼女が語る様々な話に耳を傾けるのだが……。
というような話です。
まず、「死刑囚と結婚するに至る過程」がなかなか面白い。作中でも説明されるが、「獄中結婚」するのは普通、記者などが多いそうだ。真珠はまだ控訴審を待つ身で刑が確定したわけではないので誰でも面会が可能だが、確定死刑囚となってしまえば面会にかなりの制約が生まれる。そのため、「確定死刑囚になってからも面会を継続したい」と考える者が獄中結婚という選択をするというわけだ。
しかし夏目アラタの場合は、記者というわけではないし、確かに「少年の父親の首の在り処を聞き出す」という名目こそあるものの、正直これは「対外的に話を通しやすくするための理由」でしかないと僕には感じられた。実際には、品川真珠という人間に曰く言い難い興味を惹かれ、その繋がりを保つために結婚したのだと思う。
しかしそうだとしても普通、死刑囚に面会に行ったりはしない。作中には「死刑囚と面会するのを趣味にする人物」も出てくるが、まあかなり稀だろう。そして面会に行かなければ品川真珠に惹かれることもなかったわけで、関係が生まれようがない。
そこを本作では、「児童相談所で関わりのある少年が夏目アラタの名前で勝手に文通をしていた」という、絶妙すぎる設定を持ってきている。これがまずとても良かった。夏目アラタ個人の動機で面会・結婚と進んでいくとしたらちょっと物語として成立しない印象があるが、最初の「面会」の段取りが完全に他者の動機に乗っかっているだけだったので、凄くリアルに感じやすい。
さらに言えば、冒頭で「イカれたピエロ」のビジュアルを出しておいてからの、面会室にやってきた品川真珠(黒島結菜)の落差もとても良い。本作の場合、「黒島結菜が出演している」という事実はさすがに鑑賞前に視界に入ってしまうだろうが、もしも運良くその情報を知らずに観ることが出来たら、さらにそのギャップに驚かされるんじゃないかと思う。
さすが漫画原作という感じだが、本作はこんな風に、冒頭からトップスピードで観客の興味を惹く仕掛けになっていて、物語の構成としてまずこの点が良かったと思う。
しかしやはり、「めっちゃガタガタの歯をした黒島結菜」のビジュアルは超強い。しかも、変な言い方だと自覚しているが、「似合ってもいる」と感じた。例えばだが、品川真珠の役をアイドルが演じていたとすると、アイドルというのは基本的に「クリーン」なイメージで売るはずなので、それと「ガタガタの歯」のギャップがあまりにも強すぎて、どちらかというと「拒絶反応」みたいな感じになってしまいそうな気がする。しかし、言い方が難しいが(黒島結菜がクリーンじゃないと言いたいわけではないのだが)、黒島結菜の場合、その「拒絶反応」がかなり薄いような印象だった。これはかなり配役の妙という感じがするし、さらに言えば、「黒島結菜がナチュラルに『狂気』を演じている」からこその馴染み具合だったとも言えるかもしれない。
ただ、馴染んでいるとはいえ、やはり最後まで「強烈な違和感」はつきまとう。特に、面会室や法廷にいる時はまだいいのだが、そうではない時(具体的には触れないが、そうではない時もある)の違和感は凄まじくて、ザワザワさせられる。そしてそんな「ザワザワ」が、ある種の「怖いもの見たさ」的な要素となって、観客を惹きつけるのかもしれない。
原作者が「絶対に譲れない」と主張した「真珠のガタガタの歯」だが、ここは本当にこだわって正解だっただろう。公式HPによると、この特注のマウスピースを制作するのに5ヶ月も掛かったという。ホント、「マウスピースを付けている」みたいな違和感を一切感じさせない自然さで、凄いものだなと思う。
さて、物語前半は「品川真珠と夏目アラタの心理戦」みたいな展開で進んでいくのだが、後半に進むに連れて徐々に「事件の真相」へと迫っていくことになる。もちろんそれは、夏目アラタや弁護士・宮前の奮闘あってのものなのだが、加えて、法廷での品川真珠の証言もそれを補強していくことになる。作中で、「死刑囚への面会を趣味にする人物」が控訴審を傍聴して、「もし控訴審も裁判員裁判だったら、品川ピエロの勝ちだったでしょうね」みたいなことを口にするのだが、それぐらい、彼女の法廷での証言は聞いている者を惹きつけ、同情心を誘うようなものになっている。ここでの黒島結菜の演技もまた絶妙だったなぁ。
そんなわけで本作は、「法廷劇的な面白さ」もある。二転三転、みたいな表現をするとちょっと違うかもしれないが、しかし「なるほど、そういうことだったのか!」的な描写は随所にあって、その展開もなかなか面白い。法廷のシーンはやはり、実際の法律に沿ってリアルにやっているだろうし、だとすると、「このような状況で、一体品川真珠はどんな裁きを受けることになるんだろう?」みたいな興味でも観客を惹きつけていくことになる。
さて、その「法律」の話で僕が感心したのが、冒頭で少し触れた「法律の間隙をついた意外な展開」である。具体的には触れないが、夏目アラタがある人物を問い詰めて「ない」という返答を引き出していたことに関係している。法律に詳しいわけではないが、確かに論理的に考えて「ない」だろうし、その間隙をついて想像も出来なかった状況を現出させる感じはとても斬新だなと思った。少なくとも僕は、このような法律の穴を衝いた展開を映画・小説に拘らずフィクションでは目にしたことがないと思う。
さて、そんなわけで物語的には色々あって、「なるほど、そういう風に着地するのか」という展開になっていくわけだが、夏目アラタが最終的に、「そのことを真珠が教えてくれた」と語るような展開になっていくのもなかなか面白かった。この点についても具体的には触れないので何を書いているのか分からないかもしれないが、アラタがたどり着いてしまった「実感」はなかなか難しい問題だなと思う。
ただ僕は、仮に夏目アラタの感覚を抱いていたとしても、自分に誇りを持っていていいと思う。それがどんな問題・状況であれ、辛い境遇にいる人は「無関心が一番キツい」みたいに感じることが多いんじゃないかと思うからだ。どんな想いが根底にあるにせよ、「関心を向けている」という事実に変わりないし、それは「無関心」と比べれば圧倒的に良い。個人的にはそんな風に思う。ただ、アラタの葛藤も分かるなー、という感じだった。
さて、僕は原作を読んでいないのだが、映画を観ていると「大分削ってるんだろうなぁ」とは感じる。特にそれを感じさせられたのが、アラタの先輩・桃山香(丸山礼)の描写である。彼女は1度、真珠と会うのだが、このシーン、物語全体の中でちょっと浮いているように思う。恐らくだが、原作ではもっと意味を持つ描写なのだろうなと思うし、だからこそ、大分端折ってるんだろうなと感じた。なので、映画を観てから原作を読むのも面白いかもしれない。
さて、あと少しどうでもいいことを書いて記事を終えよう。
まず、最近色んな映画を観ていて思うのが、「喫煙シーン、結構増えてきたな」ということ。外国映画はもとより、日本映画でも喫煙シーンが描かれるようになった気がする。僕の記憶では、ジブリ映画『風立ちぬ』で喫煙シーンがあり、世間的に論争が生まれたような記憶がある。そんなこともあって、「よほど必然性がない限り、喫煙シーンを入れない」みたいな映画が、特に日本映画に多かった印象があるのだが、少しずつ変わってきたのだろうか?
あと、エンドロールを見ていて気になったこと。「アラタ目線カメラ」のところに「柳楽優弥」と書かれていて、「へぇ、そんなことあるんだ」と思った。「アラタ目線カメラ」ということはアラタ(柳楽優弥)は映らないわけで、だから本人がカメラを回す必然性はない。ただ恐らく、柳楽優弥が自ら望んだのだろう、本作では「アラタ視点の映像」は柳楽優弥が撮っている、のだろう、きっと。エンドロールで普段見かけることのない記載だったので、ちょっと気になった。
というわけで、個人的には思いがけず面白い作品だった。黒島結菜も柳楽優弥も演技が見事で、黒島結菜のビジュアルはなかなか衝撃的である。「太ったピエロ」も、3時間掛けて黒島結菜が演じているそうだ。黒島結菜は割と推しなので、観れて良かった。