【映画】「神々の山嶺(アニメ)」感想・レビュー・解説
どうもこの物語、どこかで見覚えがあるなぁと思ったら、同じ夢枕獏の原作を阿部寛・岡田准一主演で実写映画化した『エヴェレスト 神々の山嶺』を観ていたようだ。そりゃあ知ってるわけだ。
昔自分が書いた感想を読んだら、どうやら実写版は僕には合わなかったようだ。割と辛辣な感想が書いてある。確かに、思い出そうとしてもまったく何も思い出せないぐらい、「映画を観た」という記憶すらないレベルだった。
さて、同じ夢枕獏の原作をフランスがアニメ映画化したのが本作だ。実写版のことは覚えていないとはいえ、ストーリー自体はほぼ同じだと思う。
しかし、このアニメ映画の方は、とても面白かった。不思議だ。何が違うんだろう。
印象的だったのは、主人公の1人である羽生丈二が、「冬季エベレスト南西壁無酸素単独登頂」に挑んでいる描写のこと。後半はとにかく、羽生ともう1人、彼の勇姿を写真に収めるべく共にエベレストに挑む写真家の深町誠がひたすらエベレストを登るだけの映像が続くのだが、これが圧巻だった。アニメだということを忘れて「恐怖」さえ感じるほどだった。
少し話は変わるが、先日『アルピニスト』という映画を観た。フリーソロというやり方で難関を次々に攻略する無名の若きアルピニストを2年間追ったドキュメンタリー映画だ。彼が凍った岩壁を命綱無しで1人で登る場面が幾度か映し出されるのだが、それはなかなか恐怖をもたらすような映像だった。映画館という安全な場所で、ただ眺めているだけの自分が、メチャクチャ怖さを感じるのだ。常軌を逸した状況だと思う。
そして羽生がエベレストを登る場面でも、同じような感覚になった。羽生が張り付いた崖から落ちそうになる場面で、『アルピニスト』で感じたのと同じような恐怖を覚えたのだ。
『アルピニスト』で恐怖を感じたのは、生身の人間がカメラの向こうで無謀なことをしていることに対してのものだったと思う。しかしだとすると、アニメで同じような感覚になるはずもない。それをアニメで感じさせるのはちょっと凄まじいと感じた。
しかしいずれにしても、実写版のことをほぼ覚えていないので比較のしようがない。とにかく、ストーリーはほぼ同じはずなのに、これほど感想が違ってくるものかと驚かされた。
とりあえず内容の紹介をしよう。
山岳雑誌の雇われカメラマンである深町誠は、失敗に終わった登山隊の打ち上げ中、日本の出版社に電話をしている。その最中、深町に話しかけてきた男がいる。彼は、「特ダネがある」と言って近づいてきた。「マロリーのカメラ」だと言って「ベストポケットコダック」を差し出し買い取らないかというのだ。胡散臭いと相手にしなかった深町だが、その後店の外で男たちのやり合う声が聞こえたため見に行ってみると、先程のカメラの男が大男に絡まれている。カメラを出せと言われているようだ。大人しくカメラを差し出し男は逃げていったが、カメラを奪った人物を見て深町は驚愕する。
羽生丈二。何年も前に消息を経ち、行方が分からなくなっている天才クライマーだ。何故羽生がここに。そしてマロリーのカメラとの関係は? どうにか呼び止めようと思った時にはもういなくなっていた。
日本に帰国した深町は、編集長に直談判する。マロリーのカメラと羽生を探しだしたら特集を組ませろ、と。
マロリーとは、「そこに山があるから」というよく知られた名言を残したとされる有名なクライマーだ。そのマロリーは1924年にエベレスト登頂を目指すものの、その後行方不明になってしまった。
彼がこの1924の挑戦の際にエベレストの登頂したのかどうかは、山岳史上最大の謎となっているのだ。
エベレスト初登頂の公式記録は1953年である。しかしもしマロリーが成功していればその歴史が変わる。実際にはマロリーは消息不明となったので真偽が判然としないのだが、彼がエベレスト挑戦の際にカメラを持っていったことは知られている。
そのカメラこそ「ベストポケットコダック」なのだ。もし彼が登頂に成功していれば、間違いなく山頂で撮っただろう。つまり、フィルムを現像すれば、長年の謎が解けるというわけだ。
深町は、まず羽生を探そうと関係者に連絡を取ったり、これまで羽生の特集が組まれた雑誌を読み漁る。羽生は、登山隊の支援を行う会社で働きながら、様々な山への挑戦をし続け、やがて孤立することになった彼がやがて失踪するまでの来歴を深町は追いかけることになるが……。
調べてみると、マロリーのカメラは現在も行方不明のままだそうだ。マロリーの遺体は、1999年に発見されたそうだが、そこにカメラはなかったという。つまりこの作品は、史実を巧みに織り交ぜたフィクションというわけだ。
羽生丈二にもモデルがいる。森田勝だ。ネットで調べた経歴をざっくり読むと、森田の人生を羽生丈二としてかなり忠実に描いていることが分かる。作中には、羽生のライバルとして長谷常雄というクライマーが出てきますが、こちらにも長谷川恒男という実在のモデルが存在する。僕は山には詳しくないが、山岳ファンにとっては有名なエピソードがかなりこの作品に盛り込まれているのだと思う。
映画の始まり方から、「マロリーが登頂を果たしたか否か」に焦点が当たるように感じられるかもしれないが、そうではなく、この物語は「羽生丈二」という男に生き様を通じて、「人は何故山に登るのか」という問いを深める点に軸足が置かれている。はっきりと、その理由を「これ」と指し示すことは難しいものの、映画を観た人はきっと「なんとなく分かった」という気分になるのではないかと思う。そして羽生が、
【お前を突き動かしたものこそが、俺を登らせた】
と言っていた言葉がすべてだなぁ、と感じたりした。
先程も書いた通り、後半は、ほぼセリフもないまま、2人が別行動でひたすらエベレストを登り続けるだけの描写になる。しかしこれがまあ見応えがあることあること。ドローンが発明された現在であれば不可能ではないかもしれないが、ドローン以前の時代なら恐らく実写では不可能だろうアングルからも描写がなされることもあり、「圧巻」という言葉がピッタリくる。
あと、ちょっと驚かされたのが、この映画が「フランス制作」だということ。僕が観たのは「日本語吹き替え版」(字幕版はたぶん存在しない)なのだが、原作が日本人で、作画も谷口ジローが担当、声も日本人がやっているのだから、当然日本で作った映画だとばかり思っていた。タイトルがフランス語だなぁと思ったけど、「カッコつけてフランス語で書いてるんだろう」ぐらいにしか思っていなかった。
だから、エンドロールの字幕が英語(だと思うけど、フランス語なのか?)で表記されているのを見て初めて「日本制作ではない」と知り、そしてその事実にとても驚いた。
特に何の違和感も覚えなかったからだ。
外国人が日本や日本人を描く場合、何か違和感が生まれてもおかしくない。しかしこの映画では、そういうことがまったくなかった。公式HPにも、「日本文化や日本人への深いリスペクトが感じられる本作」という表記があるが、かなりちゃんとやらないと、日本人が観て不自然な作品に仕上がってしまうだろうから、よほどその部分にも力を入れたのだろうと感じた。
あと1か所、「これはアニメなのか? それとも実写映像なのか?」と感じたシーンがある。雲が湧き雷が轟いている空の映像だ。僕は「きっと実写の映像を組み込んでいるんだろう」と思ったのだが、あれがアニメなんだとしたらちょっとビビる。
これは観て良かった。
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