【映画】「ラストマイル」感想・レビュー・解説
なかなか面白い映画だった。ちなみに僕は『アンナチュラル』も『MIU404』も観ていない。いや、「観ていない」と書くと嘘になるか。年末年始に、人気ドラマを一気に放送したりする時間があるが、それでどちらの作品も何話かだけ観た記憶がある。だから、設定とか雰囲気とかはなんとなく知っているけど、詳しいことは分からない。そんな人間が観た感想である。
まずは内容の紹介から。
11/24、ブラックフライデーの初日に舟渡エレナはセンター長として配属された。国内の流通4割を担う15万平方メートルの巨大な物流センターだ。アメリカ資本のショッピングサイト『DAILY FAST』(デリファス)の物流倉庫であり、派遣社員700人が常時働く。ブラックフライデー期間は800人に増員される。
そして業量的にも売上的にも莫大になるブラックフライデーの初日に、その事件は起こった。アパートの一室で爆破事件が起こったのだ。状況から、デリファスが発送した荷物が爆発したと考えられた。
一体、どこで爆弾が入れられたのか?
デリファスの物流センターは、厳重なセキュリティが敷かれており、「ブルーパス」と呼ばれる派遣社員は、倉庫内にメガネとメモ帳とペン以外持ち込めない。また、発送する荷物はロットのまま倉庫内で開封する仕組みだ。荷物の中に爆弾を入れる余地などない。
となれば、デリファスの配送を一手に引き受けている羊急便だろうか? 警察も当初は彼らを事情聴取していた。しかし何も出てこない。出てくるのは、「1個運んで150円という配送料の安さ」「休憩もまともに取れない仕事」「再配達は1銭にもならない」という過酷な現実ばかり。さらにそこに、「発送するすべての荷物をチェックする」という仕事まで加わったものだから、羊急便の関東局局長である八木は疲弊しきっていた。
その後も、デリファスの荷物ばかりが爆発する。しばらくしてエレナは、ネット上である動画を見つけた。デリファスのブラックフライデーの告知動画のようだが、何かおかしい。調べてみると、デリファスが作った広告ではないという。そしてその流れでエレナは、「1ダースの爆弾」という、事件発生前に書かれたツイートを発見してしまった。
つまり、爆弾は12個あるということか……。事態を重く見た警察は、流通センター内のすべての荷物を差し押さえする決断を下すが……。
というような話です。
物語の本筋は「爆破事件の解明」にあるのだが、それはむしろ「補助輪」と呼んで良いかもしれない。本作の本質は、「日本の流通のリアル」と「その中で働く者たちの様々な葛藤」であり、それを爆破事件という「補助輪」と共にあぶり出していくという構成になっている。
僕はあまりネットでモノを買わない。別にそれは何か主義主張があるとかではなく、単に物欲があまり無いだけだ。本作に出てくる梨本に近いかもしれない。
まあそれでも、まったく使わないということはない。均せば、月に1回ぐらいは何かネットで買っている、ぐらいの頻度だろう。そして、ネットで買い物をする度に、「この値段で成り立っているのだろうか?」と感じる。「送料無料」が当たり前の世の中で、さらに商品の値段も異常に安く、「この売上で、関係する人の利益がちゃんと確保出来るものなのか?」と感じてしまうのだ。
いや、そう感じるからと言って、別にネットでモノを買うのを止めたりはしないのだが、ネットショッピングに限らず僕は、「『便利さ』に染まりたくない」という感覚を持っていて、そういう感覚が僕に、違和感を伝えるのだと思う。
「『便利さ』に染まりたくない」理由ははっきりしている。「依存」が好きではないのだ。僕は基本的に、「『これが無ければ生きられない』と感じるものが少なければ少ないほど幸せ」という感覚がある。そして、「便利さ」とはまさに「依存」を誘発するものなのだから、なるべく遠ざけておきたいのだ。「ちょっと不便」ぐらいの環境に慣れておくぐらいの方が、人生に対する満足度が割と高くなるんじゃないかと結構本気で信じている。
でも、こんな風に考える人間はほぼいないだろう。人類は基本的に「便利さ」を追い求めてきたわけだし、それが経済を成長させる原動力にもなってきたからだ。
だから、そんな世界が終わるわけも、止まるわけもない。そしてその事実は、「映画『ラストマイル』の世界を生きること」と同じである。
本作で提示される「爆破事件の真相」は、やろうと思えば実現可能であるように思う。もちろん「完全犯罪」は不可能だが、「捕まる覚悟」を持ってやるなら現実的には可能だろう。また、恐らくだが、もっと違うやり方だってきっと存在すると思う。というか今なら、メルカリなどで個人間のやり取りが可能なのだから、もっと様々な可能性が考えられると思う。
だから、「届いた荷物が爆発する」というのは、決して絵空事ではないのだ。
あるいは、昔僕はこんなことを想像したことがある。メルカリでもジモティーでも何でもいいのだが、他人に譲渡したものに「盗聴器」を仕込んでおく、というものだ。もちろん、盗聴器の電波は近い距離でしか受信できないだろうが、ジモティーのように「近場で譲渡する」と分かっているものであれば、街をうろうろと歩けば、自分が譲渡した「盗聴器付きの何か」に反応する可能性もあるだろう。日本の場合、「盗聴行為」自体は犯罪にはならないので、愉快犯的にやる人がいてもおかしくないし、というか、既にやっている人がいてもおかしくないだろう。
作中である人物が、「自分には当たらないと思ってる。正常性バイアスだよ」みたいなことを言う場面がある。確かにその通りだろう。エレナが働く物流センターには、品目だけで3億もの商品が存在する。商品数で言えばもっと莫大な数になるだろう。そして、その中の”たった”12個に爆弾が含まれているのだ。宝くじの1等が当たる確率はおよそ1000万分の1らしいので、「ブラックフライデー中に発送された商品が爆発する確率」は宝くじ1等が当たる確率より遥かに低い。
しかし人間には、「悪いことが起こる確率を高く見積もる」という性質がある。まあそうだろう。「宝くじ」は当たらなくても「残念!」ぐらいで済むが、「爆弾入りの荷物」を開けてしまったら、良くて重症、最悪死に至る。「ほとんど爆発しないんで大丈夫です」なんて話が通るはずもない。
そういう意味で、本作で取り上げられているテーマは、観る人の多くが「自分事」に感じられることという印象になるし、本当に絶妙だなと感じた。ちなみに、最近テレビで観たのだが、監督が「流通をテーマにする」と思いついたのは4年前だそうだ(そしてその話を脚本化にして、本作の物語が生まれた)。4年前と言えばコロナ禍が始まったぐらいで、「巣ごもり需要」はまだまだそこまで活発ではなかったはずだし、時間外労働規制による「物流の2024年問題」もまだそこまで顕在化していなかったはずである。2024年の公開はまさに絶妙という感じで、制作に時間が掛かるだろう映画でこんなタイミングで公開できたのは、もちろん偶然もあるだろうけど、かなり先見の明があったと言えるだろう。
さて、僕らにとって分かりやすいのは「配送ドライバーの苦労」だが、実は物流センターもかなりシビアである。派遣社員はゴリゴリに管理され、「遅刻・欠勤」「効率の悪さ」によってマイナスポイントが付けられる。また、巨大な物流センターなのに、センター長を含め社員は9人しかいない。物流などトラブル続出だろうし、ブラックフライデーともなればなおさらだろう。
しかも、明らかにAmazonをイメージしているだろうデリファスは、成果主義もえげつなく、「デリファスから出荷された荷物が爆発している」というトラブルが発生しても成果が求められる。この物流センターは、「稼働率が10%下がると1億円の損失」となるらしい。そりゃあ、警察の介入などもっての外だろう。
こういう現実を見るとやはり、「こんな負担を掛けてまで、注文したモノが明日届いてほしいか?」と思う。作中で配送ドライバーが、「昔は、家まで荷物が届くなんて奇跡だった。俺たちは奇跡を起こしてるんだ」と言っていたが、ホント、そんな「奇跡」が「当たり前」になっていることが異常なのだ。
ちなみに、エンドロールの最後に、普段映画ではあまり見ないような表記があった。「心の悩みは1人で抱えず、誰かに相談してほしい」みたいな文章が表示されるのだ。どうしてそんな表記がなされるのかは映画を観れば理解できると思うが、ホント、「心の悩み」なんかを”仕事なんか”のせいで抱えさせられる世の中は、おかしいと思う。
さて、あれこれ書いてみたが、もし『アンナチュラル』も『MIU404』も観たことない人が僕の文章だけ読んだら、「シリアスな物語なのか?」と感じるかもしれないが、そんなことはない。シリアスなテーマをリアルに扱いながら、全体の雰囲気としては軽やかでポップな感じがあるのだ。このバランスもまた凄いなと思う。
本作の場合、そのバランスを見事に取っているのが、舟渡エレナを演じた満島ひかりだろう。「メチャクチャ仕事が出来る人」という雰囲気を醸し出しつつ、トータルでは巫山戯たようなスタンスを取り続ける舟渡エレナという人物を絶妙に演じていたと思う。どんな危機的状況でも、彼女が発する「陽」の雰囲気が、作品全体を明るく保っている感じがあった。
そして、そんな人物だからこそ、時折見せるシリアスさにハッとさせられたりする。岡田将生演じる梨本孔と「カスタマーセントリック(すべてはお客様のために)」という企業理念について議論する場面や、彼女が誰か(最後に明らかになるが、ここでは触れない)とWEB上で話している時に口をついて出た「むしろ笑える」なんていうセリフは、「陽」の雰囲気と対極にあり、要所要所でこのような”引き締め”があることで、「浮ついているだけのキャラクター」みたいな印象にならずに済んでいる。
また、羊急便の関東局局長・八木竜平を演じた阿部サダヲもさすがだった。羊急便はデリファスの配送に依存しているため、舟渡エレナからの要求を断れない。しかしその要求は、あまりにもキツく、八木はどんどんと疲弊していく。ドライバーや配送センターなどの現場がギリギリで回っていることも理解している彼は、究極の「板挟み」状態にあり、観ているだけでもそのしんどさが想像できるような感じだ。
ただ凄いのは、「明らかにヤバい状況にいる」という深刻さが伝わりながらも、どこか「面白さ」みたいな要素も含まれていて、阿部サダヲが映るシーンは、シリアスになりすぎない感じがあるという点。彼は「配送の現場がいかに深刻か」というリアルを伝えなければならない立ち位置にいるので、それをこなしつつ、それが強く伝わり過ぎないようにブレーキを掛けるみたいなこともやっている感じがして、ちょっと凄いなと思う。
あと、誰のどのシーンなのか具体的には書かないが、容疑者の1人があることをする直前、「本当に死にそうな顔」をしていて、凄く印象的だった。無理やり言語化してみると、「悲壮感」よりも「諦め・解放感」みたいな雰囲気が強い表情で、「覚悟を終えた人の顔」という感じに見えたのである。そんなに多くは登場しないのだが、そのシーンが僕の中ではかなり印象的で、良い演技するなぁ、という感じだった。
さて、本作には「そんなに多くは登場しない人」がたくさんいる。『アンナチュラル』や『MIU404』のキャラクターが出てくるからという理由が大きいわけだが、「役者を豪華に使っているな」という印象だった。やはりそれは、監督と脚本家のタッグに信頼が篤いからなのだろう。三谷幸喜や宮藤官九郎などの作品も主役級の役者が端役で出ることが多い印象があるが、本作もそんな感じで、「贅沢感」が強い。
それはもちろん、主題歌を担当した米津玄師に対しても思う。もちろん『アンナチュラル』『MIU404』の主題歌も担当していたわけで、その繋がりで考えればとても自然なわけだが、『Lemon』や『感電』を発表した時とは「米津玄師」という存在の大きさが違う。これも偶然と言えば偶然だが、「物流」というテーマを最適なタイミングで劇場公開出来たように、先見の明という印象が強い。
ちなみに、本作『ラストマイル』の番宣も兼ねているのだろう、最近米津玄師が珍しくテレビ番組によく出るが、その中で話していて印象的だったエピソードがある。本作の主題歌『がらくた』には、「例えばあなたがずっと壊れていても 二度と戻りはしなくても 構わないから 僕のそばで生きていてよ」という歌詞があるが、これに関する話だ。
米津玄師は子どもの頃から、廃品回収車のアナウンスが気になっていたようで、その中でも、「壊れていても構いません」というフレーズが妙に耳に残っていたそうだ。それが歌詞に使われているわけだが、それが本作全体のテーマと上手く噛み合っている感じがあって、そういう点でも絶妙だなと思う。
撮影に関しては1つ、「物流センターの撮影はどこでやったんだろう?」と感じた。ベルトコンベアなど含めすべてセットなのかもしれないが、そうだとしたら相当な規模のセットを組んでいることになるように思う。ただ、実際の物流センターを借りるというのも難しいように思う。それこそ物流センターは、24時間稼働していたりもするだろうから、「稼働していない時間に使わせてもらう」みたいなことが難しい気がするのだ。
あと最後に1つ。「洗濯機」があんな風に絡んでくるとは思わず、細部に渡り様々な要素が絡み合うという点も面白いなと感じた。
単にエンタメ作品として観ても楽しめるし、社会問題を突きつける作品として観ても満足感があるだろうと思う。そして、「『奇跡』には理由がある」と改めて認識した上でポチろうではないか。