【映画】「型破りな教室」感想・レビュー・解説

メチャクチャ良い映画だった!ちょっと泣いちゃうぐらいだったなぁ。これが実話だってのがまず最高にクールだし、「教育」ってものが何なのかを考えさせる凄く良いきっかけでもあると言えるだろう。

映画のラストに、アインシュタインが遺した明言が表示される。

【私の学習を妨げた唯一のものは、私が受けた教育である。】

そして大人は強く胸に刻むべきだろう。アインシュタインや、本作『型破りな教室』の主人公教師フアレスが否定した「教育」を、自分は実践してしまってはいないだろうか、と。

さて、まずはフアレスが何を成し遂げたのか、数字でその凄さを示しておくことに仕様。彼が教師として赴任したのは、アメリカとの国境付近にあるメキシコ・マタモロスにあるホセ・ウルビナ・ロペス小学校。メキシコには「ENLACE」という名の全国共通テストが存在するのだが、この小学校は毎年最低の平均点を出す。まあそれもそうだろう。町の治安は凄まじく悪く、銃撃戦は日常茶飯事。貧しい者も多く、児童の1人は、ゴミ山でゴミを拾う生活をしながら学校に通っているほどだ。教師の間での学校の異名は「罰の学校」。公立校だと思うので、公立校の教師であればいつかはこの小学校の教師になる可能性が無くはない。そしてそれが「罰」だというわけだ。「生きてりゃ採用」と言われる学校であり、そしてそんな学校に通う児童も、「6年生の半数以上が卒業が危うい」という有り様だ。

さて、フアレスが赴任する前の年、この小学校でのENLACEの成績は、「数学:55%合格 国語69%合格」というものだった(試験の仕組みはよく分からないが、恐らく合格点が設定されており、その点数を超えた児童が何%いるか、という数字だと思う)。しかしフアレスが赴任した年は、「数学:93%合格 国語:97.5%合格」という飛躍的な伸びだったのだ。さらに、同校の10人がなんと、数学の成績で全国順位の0.1%以内に入るという快挙も成し遂げた。

それだけではない。驚くべきは、全国1位の生徒がフアレスが教えた生徒だったのである。映画の終わりに表示された字幕によると、この児童の快挙は国中の話題となり、家(か家が買えるだけのお金)が贈られたそうだ。

そりゃあ話題にもなるだろう。前の年まで最底辺だった学校の成績がいきなり上がり、全国1位の生徒まで出してしまったのだから。

ただ、1つ言っておくべきは、「フアレスが行った教育」と「ENLACEの成績」には直接の相関はないと言っていいと思う。何故ならフアレスは、試験の直前まで「ENLACE」を否定し続けていたからだ。あんなもののために対策なんかすべきじゃない、という持論を最後まで捨てずに、ただ子どもたちのためだけを考えて教育をし続けたのである。

正直に言って、「全国1位を取れる天才がたまたまたクラスにいた」というだけのことであり(まあそんな”たまたま”もなかなかの引きだとは思うが)、本作は決して「試験でより高い点数を取るためのお勉強」について伝えるような作品ではない(もちろん、その児童が1位を取れたのはフアレスのお陰ではあるのだけど)。

では、彼はどんな授業を行っていたのか? その前に、彼がENLACEの試験の直前、自分のクラスの生徒を集めて伝えた言葉を紹介しておこう。

【私は君たちに十分教えることは出来ていないかもしれない。しかし、君たちなら大丈夫だ。これまでずっと「初めて知る問題」に取り組み続けてきた君たちなら、初見の問題であっても、考えれば絶対に解けるはずだ。】

そう、彼が行ったことは実にシンプルだ。「生徒に自ら考えさせる」のである。

例えば映画の冒頭、教室中の机と椅子をどかしたフアレスは、教室にやってきた児童たちに「ここは海で、船が転覆した。救命ボートは5つ、乗組員は23人、さぁどうやって分かれて乗る?」と生徒たちに問う。まあこの授業は初日だったこともあり、生徒たちの反応は激薄だった。それも仕方ない。どの学校も大差ないかもしれないが、この小学校でも、教師が平然と「教室の中に机がないと誰が偉いか分からない」「弱みを見せたらダメだ。誰がボスか分からせろ」みたいなことを言っているからだ。

さてそんな風に奇抜なやり方で始まった授業だが、そこに校長がやってくる。校長は見慣れない光景に思わず教室に足を踏み入れるが、そこでフアレスは「新たな遭難者だ!」と声を掛け、生徒たちを焚き付けた(これは何回目かの授業で、既に生徒もやる気になっている)。そのタイミングである児童が、「ダメダメ!ボートが沈んじゃう!」と言ったのだ。校長はかなり太っていて、それを見ての反応だ。

そこでフアレスは、「おっ、今良い疑問が出てきたぞ。校長が乗るとボートが沈むと誰か言ったな。じゃあそもそも、どうして船は浮かんでいられるんだ?」と聞くのである。

さて、しばらく議論を先導していたフアレスだったが、児童たちが活発に意見を出す様を見て、「俺は必要ないようだな」と言って教室を出てしまう。「ちょっと飲み物を買ってくるから、30分後ぐらいに戻ってくるよ」なんて言いながら。堂々と教室を出たフアレスだったが、実は児童たちのことが心配で、つまり「議論になっていなかったどうしよう」みたいな心配から教室に戻ろうか逡巡したりしていた。さらに、フアレス自身も「船が浮かんでいる理由」を上手く説明できないからだろう、その30分の間に、校内に唯一あるパソコン(校長室にある)で調べ物をしようとしたのだが、校長に却下されてしまった。

そんな30分を過ごしながら教室に戻ってみると、班ごとに議論が白熱、それぞれが考えた答えをプレゼンするまでになったのである。この学校にはクソみたいな図書室しかなく(棚はスカスカで、百科事典は一部欠けており、哲学書が読みたいと言った児童に「あなたの年齢ではまだ読む必要があるとは思えません」と断る司書がいる)、また、パソコン室のパソコンは設置から2ヶ月後に盗まれ、4年間そのままになっている。映画の舞台は2011年であり、校長はスマホを持っていたが、フアレスはスマホを持っていなかったし、もちろん児童の多くがスマホなど無い環境で育っている。そういう中で、「考えること」のみによって、今まで知らなかったことに対する「答え」(カッコで括ったのは、それが正解であるかどうかは関係ないことを示すため)を導き出そうとし続けたのである。

そりゃあ、頭もよくなるだろう。

こういう話の時に真っ先に思い浮かぶのが、以前NHKで放送されていたらしい(僕は見たことがない)『すイエんサー』という番組のことだ。僕は、そのプロデューサーが書いた『女子高生アイドルは、なぜ東大生に知力で勝てたのか?』という本を読んだことがある。あるお題を与えられたアイドルたちが、考えては試すことを繰り返すことで「答え」を探っていくバラエティ番組であり、その番組の中で、あるお題で大学生とガチバトルをするという企画が行われた。そしてすイエんサーガールと呼ばれていた彼女たちは、名だたる大学生に知的な勝負で勝ってしまったのだ。

これらは、「知識」よりも「思考」の方が圧倒的に大事であることを示唆していると言えるだろう。ホント、知識なんかコンピューター様が蓄えてくれているんだから、「そこから知識をどう引き出すか」という手段さえちゃんと知っておけばいい。まあそれはそれとして、「思考」のためにも頭の中に知識を入れておく必要があると僕は思っているのだけど、いずれにせよ、「知識があるかどうかを測るテスト」なんかには、マジで意味がないと思っている。

まあまだしばらくは、親世代からの「良い大学に行けば良い企業に入れる」信仰が続くだろうから、その影響下にある子どもたちも「良い大学に入るために勉強する」ことを余儀なくされるだろうけど、少しずつ時代は変わっていくような気はする。どう変わっていくのかは分からないが、少なくとも、「知識を詰め込んでいくみたいな勉強」で渡り歩いて行けるような世の中であり続けることはないと思う。

さて、印象的なシーンはいくつかあったのだけど、僕が一番好きなシーンはこれだ。フアレスは同僚の教師と話す場面で、お互いの教育方針がまるで違うことを確認した後、フアレスがその同僚教師に、「教師が子どもに言える最強の言葉って何か知ってるか?」と聞く。これに対して同僚教師は「知らない」と答えるのだが、フアレスはそれに「正解」と答えるのだ。つまり、「知らない」こそが、「教師が子どもに言える最強の言葉」というわけだ(もちろん、同僚教師は「自分は知らない」という意味で言っているのだが)。

ENLACEの直前に児童たちに声がけしたシーンでも、フアレスは「僕は君たちからたくさんのことを学んだ」と言っていた。また、色んな児童たちに、「君が学んだことを他の子たちにも共有してくれ。それが学びになる」とも伝えていたのである。「教師こそが『知っている』人」「児童は『知らない』人」と区分けするのではなく、「『知っている』人が『知らない』人に教えてあげればいい」という発想であり、そしてフアレス自身も、「知らない」人になれるのである。

ホント、こういう教師とどこかのタイミングで出会えるかって、大事だよなぁ。特に子どもの頃って、「人との出会い」を自分では選べないことが多い。今の時代はSNSなんかでまだ広がりはあるかもしれないけど、にしたって「生まれた家」と「通う学校」はなかなか選べないだろう。それこそ「ガチャ」なんだろうし、そこで「当たり」を引けるかは運次第である。

ただ、「親」はどうにもならないが(なるかもしれないが)、「教師」の質を上げることだったら社会全体の課題として取り組むことは可能だろう。最近では、神戸市だったかな、中学校の部活動を撤廃するとか打ち出したりと色々変わりつつあるだろうけど、「定額働かせ放題」とか色々問題もあるし(こっちも、%は上がるらしいけど)、マジで、訳わからん政治家に献金とかするぐらいなら、教師の待遇改善にお金が回るといいなと思う。

いやホント、メチャクチャ良い映画だった。これは多くの人に見てほしい。

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長江貴士
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