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【短編小説】ほしがり 「……私たちはね、”ほしがり”なのだよ」 暗い夜に、あなたの深い声が響きました。 それと同時に、幼いわたしは両目をぱっちりとひらいて、夜の森のたった一つの焚火の前へ、すなわちあなたの前へと転がり出ていたのでした。 「……ええと」 「君は食べたくて出てきたんだろう? それを」 あなたの言っていることがよく分からないまま、わたしはただ焚火とあなたを交互に見つめていました。 目の前の焚火の傍では、柔らかそうな兎の肉が、火にあぶられてじゅうじゅうと
『この度ご縁ありまして』という言葉を使うことが時々あるが、創作においての縁は我ながら恵まれていると感じる。 振り返ってみれば創作活動は小学生の頃から始めていて、人生とは切り離せない業でもある。当時は児童小説のパロディを書いたり家のぬいぐるみを登場人物に学習ノート一冊分物語にしたり、あの時のガッツは素晴らしかった。 その延長戦で大学は創作を学べる学部に進み、今も細々と続いているわけである。 お陰様で周囲も創作活動に理解ある友人ばかりだし、『創作って妄想でしょ』という通りが
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その街に、クロワッサンの美味しいパン屋はあるか。 私が部屋を探すときに、これだけは外せない条件だ。 平日は冷凍ご飯と味噌汁、前日の夕飯の残りか目玉焼き。週末はクロワッサンとカフェオレ。それが私の朝食ルーティンである。 そして今日は土曜日。私の目の前には駅前の「ブーランジェリーかもめ」のクロワッサン、200円。近年のパン業界の高級志向とは相反するお手頃価格ながら、表面のパリパリ食感、バターの香りが鼻に抜ける本格派。前回のボーナスでふんぱつして購入したバルミューダのト
二両きりの電車のホームで待ち合わせた里見さんは、長身を黒いロングコートに包み、ひらひらとわたしに向かって手を振っていた。 ”天ノ里の神社へ行きませんか” 里見さんから初詣の誘いが入ったのはついさっき、年の瀬迫る12月31日の夜のことだ。店の電話にかかってきた、唐突かつ素朴な誘いに、わたしの心は大きく跳ねた。 ごぉぉぉぉん、と遠くから除夜の鐘が聞こえる。ちら、と携帯の画面に目を走らせると、今年も残すところあと数十分。 「こんばんは、聡美さん」 「こんばんは、里見さ