医学は宗教を求める
※文化時報2022年5月10日号の掲載記事です。
東京都健康長寿医療センター研究所(東京都板橋区)の岡村毅医師は、キリスト教徒でありながらも僧侶の傾聴活動に期待している。都市再生機構(UR)高島平団地(同区)で同センターが運営する高齢者らの相談場所を、臨床宗教師=用語解説=を養成するための実習場所にしたのも岡村医師だ。「現代医学の歴史は百年程度だが、宗教の歴史はもっと長い。だからこそ、スピリチュアルな悩みに応じることができる」と話す。(大橋学修)
団地の相談場所で調査
東京都は、2025年に都内の認知症高齢者が約75万人に達すると推計。東京都健康長寿医療センター研究所は16~17年度に都の委託事業「認知症とともに暮らせる社会に向けた地域ケアモデル事業」を行い、認知症になっても希望と尊厳をもって暮らせるまちや地域の在り方を探った。
高島平団地で、高齢の住民らの認知機能検査や日常の困り事を聞き取る調査を実施。他の調査では類を見ない取り組みとして、長期的な支援を目的とした相談場所「高島平ココからステーション」を設けた。新型コロナウイルス感染拡大前は週1回ほど開設していたが、現在は月2回になっている。
岡村医師らは世間話をしながら、高齢者らの生活状況などをさりげなく聞き取る。昨年からは、そこに大正大学で臨床宗教師を目指す僧侶らが参加し、傾聴活動を行っている。
「健康の話から始まって、全く別の話題になることもある。つらいのは体ではなく、別の本質的な問題があるから。そこに僧侶がいると、受け止めてくれる」
医療従事者であっても、傾聴は可能だ。ただ、医師がスピリチュアルな話題を持ち出すのは問題があるという。科学的な裏付けのある話をすることが、役割として求められるためだ。
岡村医師は「だからこそ、宗教者との多職種連携が必要になる。宗教者のケアは、医学的観点からも価値がある」と話す。
認知症は自然なこと
研究所が高島平団地を調査対象としたのは、日本の未来を先取りしているからだ。内閣府が発表した2021年版の高齢社会白書では、65歳以上人口の割合を示す高齢化率が65年には38.4%に上ると推計する一方、高島平団地はすでに高齢化率が40%を超えている。
岡村医師は「認知症になるのは自然なことで、それを悪いと位置付ける風潮を取り払わなければならない」と強調。また、「認知症の人は何も分からない、と考えるのではなく、私たちと同じ人間だからこそ、話に耳を傾けなければならない」と語る。
その点でも、僧侶に期待を寄せる。「寺院では、死が終わりではなく、命がつながっていると実感できる。弱りゆく自分を受け入れ、自分らしく生きることができる」
国は15年、認知症高齢者にやさしい地域づくりを推進しようと、認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)を取りまとめた。その具体的な取り組みとして展開するのが、地域包括ケアシステム=用語解説=の構築だ。
しかし、行政が示す多職種連携には、医療・介護従事者は挙げられていても、宗教者の姿はない。
岡村医師は「不安や苦しみを共に感じられる宗教者には、ぜひ地域包括ケアシステムの枠組みに入っていてほしい」と話している。
【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)
被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は21年9月現在で214人。
【用語解説】地域包括ケアシステム
誰もが住み慣れた地域で自分らしく最期まで暮らせる社会を目指し、厚生労働省が提唱している仕組み。医療機関と介護施設、自治会などが連携し、予防や生活支援を含めて一体的に高齢者を支える。団塊の世代が75歳以上となる2025年をめどに実現を図っている。