カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第8回 「本を読む時くらい」
ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集する人たちがいる。
連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセイを添えてもらう。
「本が傷つかないように」とか「精算済みの目印として」とか……書店がブックカバーを使用する理由は様々だが、時としてその役割以上の働きを発揮してくれる場合もある――。
今回は私が所持しているブックカバーコレクションの中で一番気に入っている一枚を紹介したい。
本を楽しそうに読む人々(へそくりの隠し場所や昼寝のお供にもなったりしてるが)が紙面いっぱいに描かれている。
これほど客に「本を買うならここだ!」と思わせる宣伝効果抜群なブックカバーを今のところ私は他に知らない。こんなカバーをかけてくれる本屋だったらわざわざ通いたい。無論手ぶらで帰るはずもない。なんだったら30枚くらい集めて壁一面に貼って眺めていたい。
本好きなら誰もがほくそ笑むであろうこのユーモア溢れるイラストは漫画家の西川辰美によるもので、「おトラさん」という新聞連載4コマ漫画が代表作に挙げられる、昭和期に活躍した人物だ。
イカワ書店は、東京は品川の大井町に存在した街の本屋で、店は既に閉店しており、どういった経緯でこのブックカバーが誕生したのかは残念ながらもはや知る術がない。
遊び心満載のブックカバーの制作を西川氏に依頼したイカワ書店の店主はきっと愉快な人柄で、笑い皺がチャーミングなオヤジさんだったんではないだろうか。
背表紙に書かれた「悪魔の百唇譜」との文字は横溝正史の長編推理小説のタイトルだ。恐らくこのカバーに巻かれていたのは昭和50年代に発刊された文庫版だろう。それにしてもエロチックでスキャンダラスな内容の本もこのカバーに巻かれたらあら不思議! 完全武装を解かれたようにほのぼのとした空気を纏うのである。
さて、改めてこのブックカバーに描かれている人々をしみじみと眺めてもらいたい。
「肩の力を抜いて生きることはなかなか難しいよね。つい他人を意識したり、感情に蓋をしたり、理想と現実の違いに意気消沈したり。日々、考えてしまうこと、考えねばならないことだらけ。
だけど、本を読む時くらい自由に楽しめばいいじゃない。お金持ちになれなくても競争して誰かに勝てなくても、別にいいじゃん! 好きな世界があるってサイコーじゃん!」
そんなふうに肩をポンと叩いてもらっているような気分にさせられるのは、私だけだろうか?
人生の先輩のような役割をも果たしてくれるこのブックカバー、まさに宝物のような一枚なのだ。
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