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真珠郎はどこにいる。横溝正史の初版本

先日、ネットオークションで横溝正史の『真珠郎』の六人社版の初版本が出ていた。お!と驚きながらも、私は数日ほど、様子見をしていた。

『真珠郎』の六人社版は頗る装丁が美しいのだが、あの、紫に、それから題字は谷崎潤一郎、江戸川乱歩の序文を添え、水谷隼(卓球のゴールドメダリストではなく)の装幀による『真珠郎』。

画像をお借りしました。復刻版。


出品されていた『真珠郎』は函がなく、かつ、背表紙が相当に色褪せていた。美本ではなかったが、非常に欲しかった。欲しかった、の、だが、その時点で17100円だった。それが最終的には、18100円にて落札されていた。
私が勝負に出ていたら、どれくらいで落ちたのだろうか。30,000円〜40,000円くらいだろうか。

まぁ、然し、古書、というのは、痛み本から極美本まで、その状態は様々であり、その『真珠郎』かなり傷んでいたのは確かである。
だから、今回は見逃した(いや、お金がない。だって、映画も観たいじゃない?)。『真珠郎』の初版本のその美しい書影は、今年刊行された『太陽』の横溝正史の本にゲェーン!!と大きく掲載されている。

復刻版もあるので、まぁ、それでも満足できる場合は、書棚に置きやすいだろう。復刻版なら3000円〜10000円くらいで手に入る。

六人社版の『真珠郎』は1937年に発売されているので、まぁ、今から87年も前の本、ということになる。なので、当然、数も少ないし、あっても傷んでいるのだ。函もないことが多い。こういうものは、現存数というのは実数が測れないものなのである。

私が今までに手放した本で一番ショックだったのは、西村賢太の『羅針盤は壊れても』で、これは、定価では3,000円ほどだったが、函付きだった。珍しいな、と思って、私は西村賢太が好きなので、出た時にすぐに買った。瀟洒しょうしゃな装幀で、西村賢太書籍の中では美しいものの筆頭だろう。まぁ、内容と比例してはいないが。

西村賢太が函付き本を熱望したために実現したのだが、それはまぁ、古書の鑑札まで持つ西村賢太の古書熱が高じてのものだが、その本が発売から10年経っていない現在で既に50,000円とかに暴騰している。この本は既に手元にないが、寝かしておくべきだった。然し、こんなに上がるなんて想像もできない。

さて、真珠郎は美少年であり、その出自の設定が面白い。母親は山窩さんかで、しかも白痴。さらに父親は犯罪者だ。

山窩さんか、と、いえば、以前、押井守が、高畑勲の傑作、『かぐや姫の物語』の捨丸は山窩だよね、と、そのようなことを言っていた。捨丸にーちゃんである。

どうでもいいが、私は、ジブリの映画では、1番に『風立ちぬ』、2番に『かぐや姫の物語』、3番に『思い出のマーニー』、が好きなのだが、然し、『かぐや姫の物語』に至るまで、つまりは、『ホーホケキョとなりの山田くん』も結構好きで、あの、高畑勲の、まぁ、『おもひでぽろぽろ』とかの、ああいう、エピソードの積み重ねが大好きで、演出力、というのか、まぁ、意味不明な箇所も多々あれども、感情の機微を描かせたら、それはもう、アニメーション監督の中でもNo.1だと思える。他のアニメーションが表面的な動きによる誰にでもわかる紅灯緑酒な感動に陥る中で、確かな継続による、真の意味での伏線は活きている。

宮崎駿はアニメーションの快楽が疾走しすぎて、そこに忍んだ感情の逢瀬を見過ごしてしまいがちになる。然し、それはもはや、突兀とつごつとしたその天才的手腕のせいであって、感情表現の豊かさに満ちてはいるのだが。

さて、山窩にまつわる本は色々と出版されていて、トンデモ本だったりなかなか興味深い。然し、この、山窩、という存在は『もののけ姫』においてもイメージの源泉になっていたり、調べれば調べるほどにディープな存在である。

この、三角寛みすみかんの山窩本はトンデモ本とのことで、実態とは異なる妄想、というか、フィクションが大分を占めるようだ。私は読んでいない。フィクションならば、誤った知識を得そうで怖いし、然し、こういう、まだ未知の世界、というものは、真実かそうでないか、それを見極めるのにはやはり勉強しかないと思うし、金儲けや名声の為なら平気で人を欺く文章を書く人間もいるので注意が必要だ。一つのジャンルをとっても、幾人かの著者の本などを読み、総合的に判断しなければならないのだ。それは、文学とても同じであるし、映画とて、いや、人生全てに言えることだ。
 
さて、『真珠郎』が掲載されていたのは雑誌の新青年で、この雑誌の蒐集をしている人は多い。新青年、と言えば、私は渡部温わたなべおんを思い出す。渡部温は谷崎潤一郎への仕事依頼の帰りに電車に跳ねられて死亡したが、その縁から、谷崎は新青年誌において怪奇武将小説の『武州公秘話』を書いたのだ。『武州公秘話』は谷崎も大層気に入っていて、これは続編を書きたい意欲があったそうだ。

『真珠郎』はドラマにもなっていて、これはAmazonプライムで観られる。金田一耕助シリーズに組み込まれているそうで、私は観ていないから観ようかな。

まぁ、いずれまた、蒐集を続けていれば会えるだろう。

痛本の『真珠郎』ではない、美しさ兼ね備えた極美本の『真珠郎』に。
まぁ、金がないから買えないがな!

真珠郎はどこにいる。
あの素晴らしい美貌の尊厳を身にまとい、如法暗夜よりもまっくろな謎の翼にうちまたがり、突如として世間の視聴の前に踊りだしたかと思うと
最初は人里離れた片山陰に、そして次には帝都のまっただ中に、世にも恐ろしい戦慄を描き出した奇怪な殺人美少年。
いったい、あいつは、どこへ消えてしまったのだろう。

横溝正史/『真珠郎』

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