あの夏の、夜の湿度を、
高2の夏の夜、俺はブンちゃんに呼び出されてチャリをこいでいた。
ブンちゃんは男友達で、俺と同じ小・中学校に通っていた。
出会ったのは小学生のときだ。
小学生は、ヒエラルキーという見えない三角形の中で生きている。
ブンちゃんは6年1組におけるガキ大将的な存在で、俺はそのブンちゃんと仲良くなった。
放課後は毎日のように遊んでたし、修学旅行も同じ班だったし、卒業文集の将来の夢にも「料理人になる」って2人で書いていた。
主体性があんまりない俺を、引っ張ってくれる存在だった。
だから、ブンちゃんは俺のちょっとした憧れだった。
中学生になる。
田舎の学校で、うちの中学に通うのは、俺やブンちゃんがいた小学校出身の生徒と、もう一つの小学校の生徒とがほとんどだった。
ブンちゃんとは、3年間クラスが一緒にはならなかった。
部活動がはじまり、学年の人数も増えたから、俺はいろんなやつと仲良くしていた。
(イジられキャラだったっていうのもあり、ヒエラルキー三角形のどこにでもいけるタイプの人間だったのかと思う。)
そして、中学2年生のとき、俺は初めて同じクラスになった、Sという女の子に初恋をした。
Sは、俺とは別の小学校出身で、フランス人形みたいに整った顔立ちで、背は低くて、細みで、性格は聡明で、あるスポーツで全国大会に行くほど運動ができて、誰よりもませていた。
当時Sには、高校2年生の彼氏がいた。だけど、そんなのどうだってよかった。
中2の5月にあった泊まりの学年行事で、友人同士で好きな人を言い合う流れになった。
よくある流れだ。
みんなが思い思いのクラスメートの名前を言い、俺も、「好きって感じじゃないけど、Sが可愛いと思う」といった。
そして、なぜか、ほんとうになぜか、「俺がSを好き」という情報だけが、学年中に知れ渡った。
誇張じゃなくて、「学年中に」だ。先生も知っていたし、はじめて話す人も、その事実だけは知っていた。
友達から、「お前ってSのこと好きなの?」って電話がかかってきたことがある。
「あー、けいはSのこと好きだもんね。」
「S、可愛いもんね。」
「でも彼氏いるらしいぜ。」
別に、あの場で「Sを好き」って言ったのは、覚えているだけでも、二人は他にいたはずだ。なんでこんなことになったのかは、今も謎のままだ。
もちろん、Sの耳にもすぐに届いた。俺は、告白すらしていないのに、Sにすべてがバレている状態で恋愛をすることになった。
ただ、当時の俺は不器用だったが、懸命だった。
Sは学年で数人しか持っていなかった携帯電話(ガラケーである)を持っていて、俺は彼女とやりとりするためだけにYahoo!のメールアドレスを作った。
メアドを書いたノートの切れ端を渡すときの緊張と、「ありがとー!」って受け取ってくれた彼女の笑顔は忘れられない。
俺は、部活が終わって家に帰ると、真っ先にパソコンを立ち上げ、彼女にメールを送った。
パソコンが使えないときは、PSPでWEBにログインしてメールを送った。
用もないのにメールを送り、何かしら話題をつくって会話をした。
「RE:」を重ねながら、寝る前におやすみをして会話を終えた。
朝のおはようから、夜のおやすみまで、彼女一色だった。
こうして書いてみると、普通にドン引き行動なのだが、でも彼女は優しく応えてくれていた。
教室でも、休み時間はずっと一緒に話していた。
少しして、彼女が高2の彼氏と別れたという話を聞いた。
俺と彼女との距離は、ちゃんと近づいていった。
いま思うと不思議なんだけれど、休み時間に彼女が俺の膝の上に座ってきたことが何度かあった。
冗談っぽい感じだったけど、手をつないだりもした。
中2の休み時間は、俺の青春だった。間違いなく。
彼女と当時一番仲良かった女子に、「Sはけいにゾッコンだよ〜」って言われた。
ゾッコンという意味がわからなかったが、どうやらちゃんと好きでいてくれているみたいだ。
ただ、中学2年生の男子というのは、思春期の化身である。
なによりもいじられキャラだった俺は、自意識によって告白に踏み切れないでいた。
失敗したらどうしよう。告白するとしたら、どこでやるんだろう。だれかに見られないだろうか。みんなにいじられるだろうか。俺には高嶺の花だしな。
あー、今あの頃に戻れたら、思いっきりケツを叩いてやりたい。
ある休みの日、俺はブンちゃんと遊んだ。忘れない。
ブンちゃんは、「Sはお前のこと好きじゃねーよ」と言った。
いま思えば、ブンちゃんはSを好きだったんだろう。
今となっては、言葉の真意はわかんないし、内容の確からしさもわかんない。
でも、当時の俺が、ひどく落ち込むには十分の内容だった。
毎日送っていたメールが送れなくなり、休み時間の声のかけ方もわからなくなってしまった。
彼女の友人に「なんで避けてるの?」ってつめよられたこともある。
要は、失敗するのが怖くて、俺は逃げ出したんだ。俺のはじめての青春は、他愛もない結末を迎えた。
中3では、Sと別のクラスになった。
卒業まで、整列のとき近くなって、一言だけ話した、くらいしか関わりがなかった。
(これもなぜか忘れられない記憶である。)
俺は、第一志望の高校に落ちて、私立の男子校に入学した。
彼女は、スポーツ推薦で、別の高校にいった。
しばらくして、風の噂でSが高校を辞めたと聞いた。
俺はまだSを忘れられずにいたけど、もう俺が知らないSになっているんだって思った。
高2の夏の夜、俺はブンちゃんに呼び出されてチャリをこいでいた。
ブンちゃんは、俺ともSとも違う高校で、軽音楽部に入りベーシストになっていた。
ブンちゃんは、自分の高校のカッコいい軽音の先輩について、たくさん話していた。
そこには、6年1組のガキ大将だったブンちゃんはいなかった。
俺も変われば、Sも変わるし、当然のようにブンちゃんも変わっていった。
じめついた夜だった。
田んぼが多い地域だったから、蛙の合唱が肌にはりついてきて、それが俺をさらにじめつかせた。
ブンちゃんとチャリで目的地に着く。
そこには、学校を辞めて、髪も茶色に染めていた、Sがいた。
Sはブンちゃんのチャリの後ろに乗った。俺はそれについていくように、さらに湿度があがった町を駆けた。
適当な場所で花火をした。それから、3人で話したりした。
俺の青春の終わりは、とても湿度が高かった。
ブンちゃんは、俺のあこがれだった。
Sは、俺のあこがれだった。
あれから、何年も経つ。
Sは東京で、どっかの男と結婚したと聞いた。
ブンちゃんは、地元で小学校の先生をやっている。
この前、Instagramのおすすめに、Sがでてきた。
部屋からみえる、ちっちゃな東京タワーの写真をあげていた。
俺がいまSと同じ街にいるってことを、実感した。
最新の投稿は、俺が好きな映画について書いてある。
『ブルーバレンタイン』。切ない失恋の映画だ。
あの夏の、夜の湿度を、今でもたまに思い出してしまう。
P.S.
おすすめにでてきた僕の初恋が小っちゃな東京タワーを見てる / 阿部 啓
#短歌 #tanka
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