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愛と憎

年末よりちょっと前、
『愛とU』という曲を狂ったように繰り返し聴き流していた。

最近はもうずっと恋愛をしていないので、
特に歌詞に共感したりしたわけではなかった。
ただ耳触りが良くて、心地良くて、ずっと聴いていた。

*

社会人になってからは長らく「寝れば忘れる」タイプだったけど、
ここ最近は、
寝る前は何ともないのに起きたら鬱が押し寄せてくる、
そんな日がたまにあった。
今朝もそう、目覚めた瞬間から「あ、今日はだめな日だな」って感覚でわかった。

感情の乱高下。
数分前の意見が丸ごと反転してしまうことの連続。
自分で自分の感情に振り回されている。
制御不能。
自分で自分に戸惑っていた。

もはや何がこんなに自分を苦しめているのかもわからないくらい、自分が追い込まれていたことにようやく気づいた。

体に異変が起きないと自分の心の不調に気づけないなんて、なんで自分に興味がないんだろうか。
こんなにも自分のことばかり考えているのに、皮肉なもんだ。

たった一人心を許せる友達に一日中話を聞いてもらいながら、
必死に自分の思考を整理した。
感情をコントロールするには、もう理詰めで強制的に自分を納得させるしかなかった。

そんな努力も、友達の優しさも敵わず、
乱高下は治る気配を見せない。
むしろその高低差は悪化する一方だった。

ただ一つ、
どう考えても、
自分の大好きな音楽が悩みの種であることは確かな事実だった。

認めたくない、
10年以上も愛し続けてきた、
そして私を救ってくれる存在だったはずの音楽に、
まさか苦しめられる日が来るなんて、
想像もしていなかった。

他に頼れるものなんてない。
それほどまでに私の人生を占めていた。

だけど、今は距離を置くしかない。
そうじゃないとさらに追い込まれてくのがわかっていたから。

だから今日は全く違うジャンルの音楽を一日中聴いていた。
いつもは歌詞の些細なワードが脳を突き刺してくるのに、
今日は何一つ頭に入ってこなかった。
何を聴いてるのかもわからないくらい、
ただぼーっと、壊れたラジオのように、同じ曲を何度もリピート再生したままだった。
そんな状態を何時間も続けていた自分にも、
あとになってからようやく気づいた。

家に帰れば一人。
いつもなら気にも留めない生活の環境音がやたらと耳障りだ。
空気清浄機の音、加湿器の音、空調期の音、無音。
全てのボリュームが狂っている。
自分の口から発される言葉さえ、異常なまでに大きな声になっていた。
きっと耳がもう、何も受け入れたくなくて、
一時的に難聴になっていたんだと思う。
そのくせ些細な音には敏感になるなんて、
本当にこの体と心はめちゃくちゃだ。

食欲あるくせに食べるのが好きじゃないなんて矛盾しているよなあ、と何度も思った。
お腹を満たすために、
少しでも心の健康を取り戻せるように、
夜ご飯はちゃんと準備した。
案外しっかりと食べられた。
それでも息が詰まる感覚はなくならず、
食べたものが喉を通るたびに苦しくなった。

夕食を終えて、お風呂に入った。
ゆっくり湯船に浸かる。
魂が浄化されることを願いながら。
髪も全身も丁寧に洗う。
今自分を取り巻く環境を全て洗い流せることを願いながら。

なのに、お風呂上がりも状況は変わらなかった。

音楽を聴いて気分転換でもしようか。

そんな時に無意識に選んだ曲は、
やっぱり大好きな音楽だった。

それが苦しみの原因だってわかってるのに、
今は距離を置かなきゃいけないって頭では理解してるのに、
迷わず“それ”を聴いた。

とある一曲をかける。
膝を抱えて顔を埋める。
そうしてるうちに熱いものが込み上げてきて、
気づけば悲しみが頬を伝わっていた。

自分でもびっくりした。

あぁ、私って泣けるんだ。
泣くほどつらいんだ。
この曲だから、ようやく泣けたんだ。

そうして次の曲を聴く。
全ての歌詞が自分だけのためにあるかのように本気で思えてくる。
そんな自分を情けなく、恥ずかしく思う自分も同時に存在する。
だけどどうしても、今だけは、この歌詞が私だけのものだとしか思えなかった。

そうして思い出した。
この10数年間、どうしようもなく追い詰められた時に聴いてきたのはいつもこの2曲だった。
これを聴いて、私は数えきれないほどの苦悩を乗り越えてきたことを思い出した。

とっても憎い。
何を考えてるのかさっぱりわからないあなたが憎くてたまらない。
この10数年の思い出を全て覆したあなたが憎い。
大っ嫌い。
大っ嫌いになりたかった。
心底恨むことができたら、突き放すことができるってわかってるのに。
もうこれで終わりにしようって、
ついさっきまでは強く決意していたのに。

なのに、
やっぱり嫌いになれない。
この音楽も、あなたのことも。

そうしてようやく自分の本音が姿を現した。
私はあなたのことが好き。

それはきっと恋愛感情ではない。
父性なのかもしれないし、憧れなのかもしれないし、尊敬なのかもしれない。
それすらもいまだにわからない。

だけど唯一わかること、
ただただ私はあなたのことが好き。

嫌いになんてなれるわけなかった。
どうしようもなく大好きだから。

真実がどうだって、
私が見てきたもの、感じてきたものは、
紛れもない事実。
たとえそれが虚像だとしても、
私がその瞬間瞬間に感じた感情もまた真実。

だから信じたい。
あなたのことをもう一度信じたい。

あれはきっとあなたの一面に過ぎなくて、
まだお互い探り合い中なだけ。
これからゆっくり時間をかけてでも、
また別のあなたの一面を見てみたい。
だって嫌いになんてなれるわけない。

今私の手元にある“これ”は、これはささやかなプレゼント。
そこに愛がなかったとしても。
もしかしたら今後他の人の手にも渡ってしまうかもしれないとしても。
今日だけは、今だけは、この瞬間だけは、
私だけのもの。
私だけの世界。

私があなたの隣にいない間に、あなたが私のために時間を使ってくれたことは事実。
その間、あなたが何を思っていたかなんてわかるわけがないんだけど。

それが憎しみや嫌悪であったとしても、
この関係にふさわしいプレゼントを準備してくれたことは、
きっとあなたの優しさだと思うから。

もちろん素直に喜べないところもある。
特別な贈り物をもらえたことの嬉しさで満たされる反面、
これは、
「正常な関係でいましょう」
というあなたからの一種のメッセージであることもわかる。

仮にどんなに嫌われてたとしても、
正常な関係を保つために時間を使ってもらえたことは、
あなたからの最大の優しさだと思うから。

だから受け入れるしかない、
私自身の素直な感情を。
これまで自分に対してですらひた隠しにしてきた感情を。

向き合わなきゃいけない時が来た。
いつかはそんな日が訪れることはわかっていた。

ただ、それはあまりにも急だった。
たくさんのことが一度にめまぐるしく変わってしまった。
あなたも。

きっとその事態に、私の心は置いてけぼりだったんだ。
一つ一つの変化を受け入れる余裕さえ与えられなかった。
そこまでして私を追い詰めるあなたが憎かった。
だけどそれ以上に、
もう既に私はあなたを愛してしまっていた。

*

『愛とU』
つまり、愛とYOU。
Yが一つマスを進めるだけでZになってしまう。
愛とZOU。
愛と憎。

ちょっとボタンを掛け違えただけで、
愛の隣にいたはずのあなたが憎しみに変わってしまった。

それならまた一マス戻ればいい。

それがいつになるのかは、今の私にはまだわからない。
どんな手順を踏めばそうなれるかは、今の私にはまだわからない。

それでも、自分の表と裏の感情に気づいてしまった以上、
覚悟を決めて向き合うしかない。

それがたとえ想像も絶するような苦痛を味わう茨の道だとしても。

だってあなたのことを信じたいから。

私を救ってくれたのは紛れもなくあなただから。

私は私自身を変えてみせるよ、
『愛と憎』
じゃなくて、戻してみせる、
『愛とU』に。

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