
気難しい作家先生〜前々日譚・希望の井戸|#短篇小説
このnoteは、以前投稿した「気難しい作家先生」の中の、小説家深谷浩介の前々日譚です。
高校時代の彼の恋愛に遡ります。
💠これまでの前々日譚💠
↓ ↓ ↓
《前回のハイライト》
花火大会以降、ふたりで会うようになった李里佳の姿を、もう一度記憶に手繰り寄せる。李里佳から、浩介に会いたいと言ったのだ。
彼女のどこかあどけない部分に浩介はのめり込んで行ったが・・・すれ違いから、二度と会えなくなってしまった。
浩介が女性を愛するための道程は、李里佳を出発点として、ずっと迷路を彷徨うばかりだった。
飯田李里佳。お互いの何がいけなかったのか、確り考えてみよう。

気難しい作家先生〜前々日譚
希望の井戸
浩介は執筆のために窓に面した机の前に座っていた。彼は今でもパソコンで文章を打たない。昔ながらに、原稿用紙に万年筆、というスタイルだ。
パソコンは必要なときに充分使えるが、気分の問題である。
―――いつも、ペンが動くまでは、様々なことに思いを巡らす癖があった。大抵は自分の過去で、そのとき執筆するものにより、明るい記憶であったり、暗い記憶であったりする。
この日思い出していたのは李里佳のことだった。彼女は、浩介の初恋の対象であり、初めて交際した女性でもあった。
色恋沙汰には淡白な彼が、心の火を燃やした数少ないひとりだった。

当時、授業が終わると、李里佳に誘われ、帰路を共にする習慣が出来た。
浩介も李里佳も、帰宅部だった。
浩介は部活動に一切興味は無かったのだが、彼女は
「店を手伝わないといけないから・・・」
帰宅部を選んだと言っていた。
「―――うちね、小料理店をしてるの。
飲むときの、アテを出す感じね」
「・・・・・」
李里佳は自分のことをよく話したが、浩介はほとんど口をきかなかった。黙って、学校では言わないような彼女の色々な話を聞いていた。
「ママは、お客さんと再婚したの。
・・・びっくりしたわ。いつそんな話になったかと思って。
お店でふたりを見てたけど、全然分からなかった」
結婚しても変わらず(その客は初婚だったらしい)、勤め帰りに店で飲み食いして過ごしているから、客のままで義理の父親になった気がしない、と李里佳は言った。
浩介は何と返して良いか、分からなかった。

「―――あのね。
深谷くんは、将来の夢があるの?」
ある日の下校時、ツインテールを揺らして、李里佳は不意に尋ねた。
「夢・・・?」
浩介はポケットに手を入れながら、目を細めて彼女を見た。
李里佳は片手でセーラー服のリボンを整え、
「そう。
・・・何となく、深谷くんは大きな夢がありそうな気がして」
と言った。
「・・・・・」
浩介は逡巡した。自分の中だけで収めてきた夢。
―――大きな夢がありそう・・・
(「大きな夢」か、)
喉の奥に熱い塊が出来て、浩介の思いは突然噴出した。
「作家に、なりたいんだ」
自分でも思い寄らず、李里佳に打ち明けていた。
彼は少なからず驚いた。
―――もしかすると目を、丸くしていたかもしれない。
彼は、李里佳の反応を凝視していた。
「作家・・・」
李里佳も浩介の目を凝視していた。
ふたりは、川べりの道で立ち止まった。
「―――素敵だね!!」
李里佳は破顔して、輝くような笑顔になった。浩介の袖口のあたりをそっと触れながら、
「深谷くんに【作家】ってぴったりだね!
賢いし、いつも良いことしか言わないし、その夢はきっと叶うよ」

素直で、力強い李里佳の言葉は、深く掘って自分の「夢」を隠してきた穴に、意味を与えた。
心から清水が湧出し、豊かな井戸へと変貌した。
―――厳格な父にも、
臥せりがちになった母にも、
ついぞ言えなかった、
自分の「夢」―――
「・・・有難う」
浩介が人に感謝を伝えるのは久方振りだった。痺れるような感覚。
―――その日から、浩介と李里佳は急速に、仲を深めたのだった。
【Continue】
▶Que Song
黄金の月/スガシカオ


はい、前々日譚は、このあとふたりのデートへとつながります。お読み頂ければ幸いです!!
【気難しい作家先生】は、この他、
外伝や前日譚などのシリーズがございます。よろしければこちらもどうぞ。
💠すべての物語の始まり💠
↓ ↓ ↓
💠気難しい作家先生💠
外伝/前日譚
↓ ↓ ↓

お読み頂き有難うございました!!
スキ、フォロー、コメント、シェアなどが励みになります。
また、次の記事でお会いしましょう!
🌟Iam a little noter.🌟
🤍