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美しい嘘〈後篇〉|#ショートショート


 前話はこちらになります。

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《前話抜粋》

「―――古内さん。今度、食事に行きませんか?」



「え・・・」



 美禰子さんは椅子をこちらに向け、困惑顔をしていた。



「あ―――いや、忙しいなら、いいんです。

 突然申し訳ない・・・、ご家族が、いらっしゃいましたっけ?」



 脈絡もなく誘ってしまったことに慌てて、僕は火を揉み消すように言葉を重ねた。



 美禰子さんは、僕を長い間見つめていた。


 そして、小さな声で答えた。



「家には、誰もいません。

 ずっと・・・」

「美しい嘘〈前篇〉」




 声を掛けた10日後の週末、美禰子さんとふたりで会う約束をした。立ちっぱなしにならないように、待ち合わせは駅前の喫茶店に決めた。



 そこは、お客によってティーカップを選んでくれる店で、レトロな趣きが美禰子さんに似合う気がした。


 早めに入店した。10時の約束から1時間たち、鳩時計が11時を告げた。店内には低くシャンソンが流れ、老いたマスターがお決まりの作業をしていた。


「―――もう1杯、おかわりお願いします」


 マスターが作業を止めた。眼鏡越しの上目遣いで、僕に尋ねる。


「先程と同じ、ブレンドを?」

「はい」


 マスターは黙っていたが、僕の待ち人が来ないのを承知のようだった。彼は気配を読みながら、珈琲を抽出し始めた。


 2杯目を時間をかけて飲んだのだが、


 ・・・結局、美禰子さんは、姿を現さなかった。



❄ ❄ ❄


 週明け、出社しても美禰子さんは居なかった。


 課長が朝礼ミーティングで言った。


「古内くんだが、今週からしばらく出られないそうだ。ご家族が急に倒れて、看病しないといけないらしい」

 僕は少なからず驚いた。


「同居している家族がいるんですか」


 思わず、掘り下げて質問していた。


「よく分からないな。

 ・・・親御さんじゃないのか」


 正社員じゃないから、詳細は不明、と言いたげに、課長は話を終わらせた。あっさりしたもんだな、と思った。


❄❄❄


 数日かと思っていたが、美禰子さんはそれから何日も休んでいた。僕は何故か、遠慮して美禰子さんと連絡先を交わしていなかった。


 彼女のデスクに、しまい忘れたのか、パソコンの前あたり、目薬がぽつんと置かれていた。それをじっと見つめ、嫌な予感がよぎったのだが、雨雲を散らすように心で打ち消した。



 

 ―――予感は、現実となった。


 美禰子さんが出社しなくなってひと月経った頃、課長は朝礼ミーティングで、美禰子さんの「退職」が決定したと僕たちに通達した。


 一瞬、脳天を撃ち抜かれたような衝撃を覚えた。


 僕と美禰子さんをつなぐ糸はただでさえ頼りないのに、もう断ち切れたのと同じだった。




 悄然として過ごした翌日、派遣会社のスタッフが美禰子さんの荷物を回収しに来た。40代前半の、ほっそりしたグレーのペンシルストライプのスーツを着た男だった。僕はわらをもすがる思いで声を掛けた。


「あの・・・古内美禰子さんとは、連絡を取れますか?」


 男は冷ややかな目で、座っている僕を見下ろした。


「個人情報なので、お伝えしかねますが・・・何か?」


「預かっているものがあって、直接渡したいのです。

 彼女には大切なものと思うので・・・」


 派遣会社の男は、いぶかししげな顔で思案していた。


「先方に、確認してみます」


「では、念の為にお渡しします」


 僕は立ち上がって名刺を彼に渡した。


 美禰子さんが、(そのとき連絡先が不明だったとは言え)僕と会う約束を反故にしたまま済ませるはずはない、と信じたかった。きっと、彼女の誠実さはプライベートでも変わらないに決まっている。

 正直僕は、美禰子さんといつか結婚しても良い、とまで考えていたのだ。



❄ ❄ ❄



 それから音沙汰はずっと無かった。諦めかけた頃、携帯に連絡が来た。美禰子さんの妹からだった。


 詳しいことは、会ったときに話すと言う。仕事終わり、会社近くのティーラウンジで顔を合わせることになった。





 打ち合わせにも使えそうな、オフィスビルのティーラウンジへ、会社員とは雰囲気の異なる、ショートカットの若い女性が入って来た。ネイビーのステンカラーコートで、さっぱりした印象だった。


 僕が挨拶すると、テーブルの横に立ち、

「初めまして、笹倉ささくらと申します。古内美禰子の妹です」


 と言ってお辞儀をした。着席して居ずまいを整え、僕の顔をやや恥ずかしそうに見た。


 その眼差しが、美禰子さんに似ていた。


「木下さん・・・姉から、木下さんのお話は伺っていました」


「僕の話?」


「ええ。『とても素敵な男性がいる』って・・・」


 彼女は微笑んだが、僕は動揺した。


「ええと。光栄なんですが・・・

 その美禰子さんは、どうなさいました?

 ご家族とか・・・」


 彼女の表情がかげった。


「亡くなりました」


「―――えっ!?」


 空耳かと思った。然し美禰子さんの妹は、今度はまっすぐ僕を目でとらえて、話し始めた。



「・・・姉は、先月の終わりに、自宅で倒れたんです」


 ―――先月の終わり。


(もしや・・・)


「24日、土曜日ですか?」


「そうです」


 会う約束の日だった。




 ―――妹の話。


 美禰子さんは独居で、美禰子さんから彼女に「苦しい」と連絡があったらしい。妹は結婚して別宅だった。駆けつけたら、倒れている状態だった。


 元々不整脈があって、病院にも何度か行っていたそうだが(その通院の場面を僕は見ていた)、急性憎悪を引き起こしていた。


 即入院し、療養生活を過ごしていたが、その最中にまた重い虚血性心疾患となり、帰らぬ人となった・・・。



「―――姉は、私たちにも、病気の詳しいことは言わなかったんです。


 多分、ひとり暮らしを止められるのが嫌だったんでしょうね。

 

 ・・・自由な人でしたから。


 木下さん、あなたに、姉からの手紙があります。読んで頂けますか?」


 

 僕は、もどかしく震えつつ、手紙を広げた。






 木下 健吾様


 ひと筆申し上げます。

 先だっては、お約束に参れず誠に申し訳ありませんでした。


 これをお読み頂くときは、私はもうこの世から旅立っているでしょう。


 私は数年前、医師に余命5年程度だろうと言われました。普段はさほど症状はありませんが、慢性心不全で、徐々に症状が進行するのだそうです。


 いつかは結婚して、子どもを・・・と夢見たこともあります。その夢は諦めました。かなしい思いをさせる人が増えるだけなので。


 ただ、誰かを好きになりたかった。木下さんに会うまで、そんな人と巡り合うことはなかった。


 木下さんがそっと私を見る視線、


 何か運んでいたらすぐ代わって下さる、その手のひらの温かさ、

 一緒にお茶休憩するときの笑顔・・


 残業しかけたら、私の数倍のスピードで手伝って下さったこともありました。

 

 すべてが頼もしくて有難くて、木下さんの隣りに座れたことが、神様の恩恵かと思いました。大好きだったのです。


 食事に誘って下さった日のことは、私の魂に永遠にのこして、忘れません。


 会社には、家族の看病だ、と嘘をつきました。御免なさい。弱って元気ではない姿を、きっとお見舞いに来て下さる木下さんには、お見せしたくなかったためです。


 どうか、どうか純粋な今のお姿のまま、お幸せになって下さい・・・


 今度は健康に生まれて、


 また来世、お会い出来るのを新たな夢にします。


かしこ

古内美禰子


 




 ・・・僕は言葉を発せなかった。本当に泣きたいときは、涙も出ず、声も上げられないのだと知った。


 妹を前にしながら、ただ、恥ずかしさも忘れ、手で顔を押さえてむせんだ。


 右手を無理やり外し、スーツのポケットを探った。



 そこには・・・美禰子さんの目薬が、入っていた。






▶Que Song

Pull Marine/Isabelle Adjani



【fin】


 このショートショートは、Xの創作題からインスパイアされて執筆しております。


#ことばの断片 #創作題#創作美しい嘘

 拙作ですが、ご査収よろしくお願いいたします。

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 また、次の記事でお会いしましょう!



🌟Iam a little noter.🌟



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