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堂本剛そのものが『まる』だった

荻上直子監督、堂本剛主演の『まる』を見た。

荻上作品だからやはりシュールだったが、前に見た『レンタネコ』より観やすかった。そして、彼女がどれだけ堂本剛に入れ込んでいるかも伝わった。

丸を描くことで実体のない「時の人」となり、ブレーンの望む受け答えをインタビューで言い直す姿は明らかにアイドルKinKi Kidsの剛が投影されている。

そして、堂本剛の演技が凄かった。

上手いとか、鬼気迫るという類ではない。どこまで行っても「無」なのである。

存在感を消しているようで、感情はしっかりとあり、本当にこんな人がいるのかなと思わせるすべてを削ぎ落とした演じ方。

剛演じる沢田が涙を流すシーン。あまりに唐突で自然で、え、となった。

観終わった後、剛と堂本光一がKinKi Kidsというユニット名のネーミングの由来について話し、これでは売れないのではと当時焦ったと冗談混じりに話していたことを思い出した。

そのエピソードを聞いた時、私は単純にもこう思った。

「あ、この人たちも売れたいとか売れなきゃどうしようとか焦るんだ」

芸能人が売れたくない訳がない。仕事で成功したくない社会人がいないのと同じことだ。

でも昔から、KinKi Kidsの二人に「作為」を感じたことがなかった。

KinKi Kidsの2人、特に堂本剛を見ていて我の強さや売れるためのあざとさ、作為を感じたことがない。

まるで、気付いたら芸能界に引き合わされ、事務所やファンに求められ、求められるがままに歌い踊り演じ、気付いたら大騒ぎされている。

本当にそうだったのかもしれない。当時の事務所がそのイメージで売り出したのかもしれない。

それでも、どれだけ売れても淡々としているKinKi Kidsの2人と、どれだけ事務所に推されてもゴリ押しを感じさせない姿はまさに無作為のアイドルだった。

そして、この「作為」こそがアイドルの大敵なのでは無いか。

仕事をする、働くということは顧客に提供することで自分が楽しむことより相手に喜んでもらうことが優先だと思う。

そして、アイドルという職業は「モテる」ことが仕事である。

モテる人というのは、自我を出さない人だと思う。お洒落すぎるファッションも、派手な髪色も、自己主張も、自分から沢山話すこともモテることにあまりプラスにならない。

こざっぱりとした服装でいつもニコニコしていて聞き上手な人が一番モテている気がする。

特にアイドルとアイドルファンの関係はそれが顕著だ。アイドルはあくまで夢を与える側であり、ファンは多くのものを受け取るからこそ推し活の資金や時間を地腹を切って調達する。

アイドルに必要なのは余白であり、ファンが膨らませた想像や物語を塗り足すスペースである。

昔『エースをねらえ!』を読んでいて忘れられない場面がある。お蝶夫人が主人公のひろみに文字通りエースを託す時のセリフだ。

「わたしがやる」とか「わたしにならできる」とかいつも自我が表面に出る者は頂点には登りきれない。
天才は無心なのです。

これはそのままKinKi Kidsに、特に若き日の多忙だった堂本剛に当てはまるのでは無いか。

他のアイドルを見ても、男女問わず単独でセンターを張る人はどこかナチュラルだ。

自分が売れてやる、それがキャラではなく本当に滲み出ているアイドルはあまりセンター適性が無い。

我が強いと評される木村拓哉にしても、「ブレなくてちょっとダルそうになんでも決めるキムタク」という像は求められているからこそSMAP結成から35年ほど続けているのだ。あれほどサービス精神の多い男性アイドルは稀有だと思う。

売れているアイドルは作為とは無縁で、与える側であり、そのキラキラした姿を最大限に消費するのがファンの業の深さである。

堂本剛がアイドルとして葛藤を抱えていたのは有名だ。売れたくて身なりを正統派にするアイドルが多い中、ファンを遠ざけたいのかと思うような独特のファッションと髪型を披露した。それすらセンスの良い、多くの男子が真似するお洒落の一つに変えてしまった。

本人の今の思いは分からないが、『まる』という映画は堂本剛がアイドルとして活動していたからこそ成り立った映画である。

我を消して、自然体で佇む。彼自身が『まる』だった。無のようで輪郭があり、存在しながら必要のない気配は全て取り去ってしまう。

綾野剛や吉岡里帆演じる沢田(堂本剛)の隣人やかつての仕事仲間は、生々しいほど世間に認められない鬱屈を「表現」していた。

しかし、堂本剛演じる沢田は、ただそこに居て、それでいて心のある等身大の男性だった。

それは、若き日にアイドルとして自分の欲求よりも求められることを探した剛、そしてKinKi Kidsの作詞や『街』から始まるソロ活動で本当の自分を取り戻した彼だからできた演技だと思う。

荻上直子監督は堂本剛に惚れ込み、当て書きでこの映画を作り、主題歌を彼のソロ曲の原点『街』にした。劇中音楽も彼に託した。見事なまでに堂本剛ありきの映画だ。

そしてそれを主演の力で引っ張り切った演技。

ストーリーはシュールでやや地味にもなりがちだけれど、多くの人に見てほしい。

トップアイドルがその仕事ゆえに身につけた、「まる」になった境地は、彼の持つ話題性とは別の意味で必見だと思うから。

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