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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

8.脅威ー(3)

「ようこそジミー。遠路はるばる西海岸からおいでいただいて。ここニューヨークでも大評判ですよ。本日はプロモートのみということで、われわれのためにノーギャラでのご出演です」
 ジミーはDJが発した<ノーギャラ>の言葉に反応し、思わず後ろに控えるスザンナを見た。スザンナは涼しい顔をして見返している。
「リスナーのみなさんはわかっていらっしゃると思うけど、彼はここニューヨークでの芸能就労を許可されていません。ですので、報酬を得ることができません。本当に出演してくれて感謝の言葉しかありません」
「あ、どうも」
「生で歌ってくれるそうだけど」
 DJがジミーに促す。
「ちょっと待ってもらって、いいですか?」
 と席を立ち、スザンナの元へ行き何やら耳打ちした。
「ちょっと、急に何を言っているの!」
 スザンナは放送マイクに拾われてしまいそうなほどの大きな声で反応した。
「ほら、ちゃんと声出るじゃないか。な、一緒に歌ってくれよ」
 ジミーはスザンナの肩に手を置き懇願した。
「私はあなたのマネージャーで、バックボーカリストじゃないわ」
 怒りとも恐怖とも言えない色が、スザンナの瞳に宿っていた。
「大丈夫、君ならできる。勝ちに行こう」
 スザンナからの返事はなかった。
 ジミーはスザンナが返事をしないのは、OKしたものと判断した。
「お待たせしました。今から歌う歌は、デュエット曲なんだ。練習してないけど、お互いプロだから大丈夫。タイトルは<コンチェルト>」
 ジミーはスザンナを放送マイクの前に座らせると、手書きの歌詞が載った楽譜を彼女の前へ置いた。そして、ジミーは自分のスマートフォンをスザンナとの間に置き、画面をタップした。
 静かだが、力強いメロディが流れてきた。ジミーはスザンナに視線を向けた。ジミーの絹糸のような繊細な歌声が流れる。

  君の帰りを待っていたんだよ
  もう、恐れることはないんだよ
  協調していけるんだ
  さあ、勇気を出して、一歩踏み出してごらん
 
 ジミーが投げた糸は、スタジオを抜けてニューヨークの街中に一本、また一本と張り巡らされていく。
 ジミーは再び、スザンナに視線を向けると首を傾けて合図を送った。スザンナは目をつむり、大きく息を吸った。次の瞬間、覚醒したように目を見開き、同時に唇を動かしていった。
 スザンナの美しい歌声は、月明りに光る雪の結晶のようだ。見るもの誰しもが、その美しさに魅了されてしまうが近づいて触れようものなら、人の体温で簡単に溶けて消えてしまう。そのような繊細さがあった。

  あなたをいつも待っているのよ
  もう、あなたには負けたくないの
  闘っていくしかないの
  ねえ、私を見て
  私を受け入れて

 スザンナから降りそそぐ雪は、マイクを通してジミーが投げた絹糸を追いかけていく。

  協調か競合か
  理解し合うことは簡単だと思ってる
  だけど、本当は難しいこと

  協調か競合か
  愛し続けることは難しいと思ってる
  でも、それは、諦めているだけのこと

 ジミーの絹糸に追いついたスザンナの雪の結晶は、一粒残らず糸にまとわりついた。そして、ニューヨークの大通りを、裏通りを抜けた。さらに風に乗り、どんどんと広がっていく。ブロードウェイへ、ブロンクスへ、ブルックリンへ。セントラルパークにキラキラと光る雪の結晶をまとった絹糸が広がる。美しい歌声とともに。タイムズスクエアにも雪の結晶をまとった絹糸は広がっていく。その耀きは、周辺の建物に架かるネオンサインよりも遥かに光りを放っている。渋滞のクラクションを無音にしてしまうほど、二人の歌声が雪の結晶をまとった絹糸がニューヨークの空から降りそそぐ。その糸は、クリスタ・ウィルソンのペントハウスにも到着した。クリスタは無意識ながら、わが子の声を聴き取った。
「この歌声は、どこから流れているのかしら」
 クリスタは、ふと窓のを下を見た。ペントハウスの窓から見えるマンハッタンは、いつもの人工的な耀きとは違った光りを放っていた。
「この歌声は……」
 
 ニューヨークに起きた不思議な現象に市民は歓喜している。もうすぐ真夏を迎えるニューヨークに、粉雪と反対を象徴する赤いリボンが舞い落ちたからだ。こんな奇跡を誰が、どのようにして行ったというのか。地元メディアは『ニューヨークの幻想曲』として大々的に取り上げた。
「スザンナ。やっと歌えるようになったと思ったら、また私から奪うつもりなのね」
 クリスタは、テレビリモコンのoffボタンを押した。

                             つづく



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