《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声
8.脅威ー(2)
ジミーの勢いはとどまることを知らなかった。レーベルデビューを果たしてから、ニューヨーク州とワシントンDCを有するコロンビア特別区を除いてほぼ制覇した。完全制覇、つまりはAI技能を保持しない者たちの芸能就労全州可能を勝ち取るためには、ニューヨーク州とワシントンDCを陥落させなくてはならない。そうとわかってはいても、クリスタがいるニューヨークに行くことにはスザンナは気が進まない。そんなスザンナを試すかのようにロサンゼルスの空はどんよりとしている。
さすがにニューヨークまでは可愛い愛車を連れて行くわけにはいかず、スザンナはジミーとロサンゼルス空港で待ち合わせることにした。
搭乗手続きの10分前になってもジミーは来ない。ジミーの携帯へ連絡するが『電話に出ることができません』のメッセージが返ってくるだけだ。
「なんで出ないのよ!」
スザンナは仕方なく出入口まで行き確認することにした。スザンナより数フィート離れた場所に雄牛の血と呼ばれる渋いワインにも似た、くすんだ赤色をしたピックアップトラックが止まった。助手席から大きな荷物を持った男性が降り、ほぼ同時に運転席からも男性が降りてきた。
車から降りた二人の男性は別れを惜しむかのように長い抱擁をしている。まるで、これが永遠の別れのようだ。助手席から降りた男性が地面に置いた荷物を持って歩き出そうとした。すると、運転席にいた男性が荷物を持った男性の腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。今度は熱いキスを交わした。わずか数秒のキスがスザンナには長い恋愛映画を見せつけられているように感じた。
荷物を持った男性は運転席にいた男性に軽く手を振り、ターミナルへ向け駆けだした。スザンナも急いで搭乗カウンターへ戻った。
「間に合った」
ジミーは黒く大きなスポーツバッグを大きく振りながら走ってきた。
「十分遅刻してるけど」
スザンナはジミーに自分のスマートフォンの画面を見せた。
「搭乗時間には間に合っただろ」
と悪びれる風でもなく、平然と言うジミーに怒る気力もなくなるスザンナだった。しかし、ジミーがふと自分の唇に手を持っていった仕草に、たまらなく怒りがこみ上げた。
「マスかいてるヒマがあったら、さっさと来なさいよね!」
スザンナには珍しい口汚い言葉で感情をぶつけた。
「何だよ、その言い方」
スザンナからの反応はなかった。
飛行機に乗るのは何年ぶりだろうと、窓から離陸する様子と眺めながらスザンナは思った。あの時も、地上が遠ざかるのをじっと見つめいた。今また、飛び立った場所へ舞い戻る。
あの時は、ひたすらニューヨークという街から逃げたかった。母親という脅威から逃げたかった。今は、戦いを挑みにいく。今は、孤独じゃない。愛する仲間がいる。心の底から信頼し、愛する相棒が横にいる。
あの時と、今は違う。
「肩、借りていい?」
スザンナは、音楽を聴いているジミーのヘッドフォンを持ち上げて訊いた。
「あ? いいけど、1時間10ドルな」
ジミーを睨みつけるスザンナ。
「冗談だよ。代わりにブランケットの中、入るぜ」
スザンナは返事の代わりに上目づかいにジミーを見つめた。
5時間以上の長旅にもかかわらず、タラップを渡る足取りは軽かった。可愛い愛車と離れての旅は西側に渡ってからは初めてだった。
「やっと着いた」
と言いながら、ジミーは肩甲骨を回している。
「ありがとう。肩、貸してくれて」
素直に感謝の気持ちを伝えるスザンナの瞳を見て、ジミーはドキリとした。
「今から行くラジオ局は、ニューヨークでも革新的なところみたいだから、ここが突破口になると思うわ」
「なるほど」
「それって、セスの口癖まねしてるの?」
「自然と出た」
「なるほど」
「ほら」
とジミーがスザンナを指して笑った。
「なるほど」
と二人同時に言っていた。
つづく