真空飛翔  鬼りんご


真空飛翔

    或ひは極限値記号としての文法

ふりしきる雪のうちのひとひらの雪の結晶の中の都市が決壊し
その裏通りに降る雪のひとひらの中の天地に人影は絶え
はばたき続ける習性など存在しない
烈しい無香に頬を打たれると 焦がれてとほく眼差しは渇く
未境のゼロ風圧がゼロ推力に拮抗する と告げる言葉が無い

*なぜ有があるのか むしろ無があるのでないのか
吹きぬけたざはめきの後を寂しさと名づけ さてひとは曰ふ
空エネルギー飛翔の検知及びその追尾は不可能である と
終期増殖性汎デヂロ菌に蚕食されて脳の形骸は異臭を編み
いたづらに青かつた空を脱けてみづみづしい未知が晴れると
歪みがちな翼のふしぶしが軋み 軋り 軋む
**むづかしいことといふのがやはりこの世にはあるのだ

未だ叶はぬ純翼が高濃度真空を最もゆるやかにたたくとき
髪も泪もさみだれて色即是空は苦味も深く沸騰するといふ
ずつしり冷えた短冊が逆界の君へ発信してやまない頃
私の届かぬ私は金剛我執のチープな蛍光を明滅しつつ 一羽
着地点無くかへりみち無い無限減速域をはたはたと遁げる


  *「なぜ一体、存在者があるのか、そして、むしろ無があるのでないのか?」マルティン・ハイデッガー『形而上学入門』(川原栄峰訳)
  **川原栄峰『哲学入門以前』より(原文は現代仮名遣ひ)



(「こどもだま詩宣言」対応  原文縦書き)

*つぶやきで記した通り、本作の後註は当初「*マルティン・ハイデッガー『形而上学入門』(川原瑛峰訳)より」として発表致しました。ところが、お読み下さった「扇状地人」さまが当記事のコメント欄で、当該訳文は「なぜ存在者があるのか、むしろ無があるのでないのか」である旨のご指摘がありました。確認するとその通りで、「なぜ有があるのか、むしろ〜」は鬼りんごの「捏造」であることが判明致しました。猛ふぶきとしては、「有」とされたセンテンスをどこかで読んで記憶したものを、川原訳と混同したものとしか思えませんが、ここでの「存在者」を「有」とする訳があるとは考えられません。(もし、そのような訳文を目にされた記憶をお持ちの方があれば、ぜひともその出典をご教示いただきたいと思います。)
 順当に対処するなら、作品の本文を「存在者」に訂正すべきところですが、本作の該当箇所を「なぜ存在者があるのか、むしろ無があるのでないのか」とすると、実は作品の存立が不可能になる重大な変更になってしまいます。ありていに言って、「存在者」であればこのセンテンスを引用する気は全く起きないところでした。したがって作者としてはここの「有」を「存在者」に修正することはできません。よって、註の方を上のような形に変更させて頂きます。
 投稿当初の形で読まれた皆様には深くお詫び申し上げ、また、ご指摘くださった扇状地人様に感謝申し上げます。
**註のあり方が気になり、再度、改めました。訳文に忠実な姿を掲載しておきます。

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