
最強のラテン音楽を求めて|獅子奮迅のセリア・クルス編|Liner-note
Celia Cruz/セリア・クルスはサルサの女王と呼ばれる。だが、彼女の人生(2003年に77歳で他界)を語るのに、その修辞だけでは絶望的に言葉足らずだ。
1925年にハバナで生まれ、1950年代には人気絶頂のLA SONORA MATANCERA/ラ・ソノーラ・マタンセーラに初の女性ボーカルとして迎え入れられる。少女の頃から天才の誉れ高かったセリアは、この時代にキューバの音楽要素のほとんどを吸収し、そして体現した。
1959年にキューバ革命が勃発する。カストロ嫌いのセリアはこれに賛同せず、マタンセーラの面々とともにアメリカ合衆国に亡命する。1965年頃にはソロ歌手として活動を始め、ニューヨークに活動の拠点を移す。Tito Puente/ティト・プエンテと組んで一時代を築いたあとは、Fania All-Stars/ファニア・オールスターズに参加する。
このアメリカ亡命後の偉大な経歴を評してサルサの女王と呼ばれるわけだが、若かりしマタンセーラ時代がセリアのベストだよと思っている人も多い。”Magica Luna”は空前の大ヒット曲で、日本でも「月影のキューバ」というタイトルで森山加代子、西田佐知子、ザ・ピーナッツがカバーした。
だけどボクは、どちらの時代も詳しくは知らない。リアルタイムで追っていたのはファニア後のRMMレーベル期なので、セリアについて偉そうに語る資格はない。だからといってはなんだが、今日はセリアのデュエット曲をフィーチャーしてみよう。
滅多なことでは客演を断らないと言われたセリアは、『Duets』(1997年)というその名のとおりデュエットのみを集めたアルバムをリリースしている。だが、それ以外にも二重唱の名曲はたくさんある。そのひとつがWillie Chirino/ウィリー・チリーノとのコラボだ。
”Cuba Que Lindos Son Tus Paisajes/クーバ・ケ・リンドス・ソン・トゥス・パイサヘス”――この曲はセリア自身も歌っているからわざわざデュエットソングとして取り上げなくてもいいかもしれない。けれどそれに比べると、キューバの美しい風景と文化への愛を表現したこの曲の魅力を引き出す速いテンポの編曲がいい。ウィリーもキューバ難民で、¡Ay mi Cuba! Esa tierra linda que nos vio nacer. /Aquí puedo meter azúcar. /¡Claro qué sí! という出だしの掛け合いが涙を誘う。
より古くはCelina Y Reutilioというデュオもこの曲を歌っていて、オマージュとしてそれに寄せている部分はあるだろう。グァヒーラ(キューバのカントリー・ミュージック)の流れをくむ作品だ。
2曲目は『Duets』にも収められた”Vasos Vacios/バソス・バシオス”。アルゼンチンのロックバンド Los Fabulosos Cadillacs/ロス・ファブローソス・カディラックスとの共演。このバンドはラテンロック、スカ、ラガマフィン、ポップスなど多様な音楽ジャンルを融合させ、歌詞はしばしば社会的・政治的な批評をにじませている。代表曲に”Matador”や”Mal Bicho”などがある。
アルゼンチンではサルサはあまりメジャーではないが、チェ・ゲバラつながりでキューバにシンパシーを持つ人は少なくない(多くもないが)。なので、アルゼンチン人にもこのコラボはウケたと聞いている。眠たげな声のボーカルを叩き起こすかのようなセリアの声量がすがすがしく、肝っ玉母さん(ばあちゃん)風の一曲に仕上がっている。詞が何を隠喩しているのかよく理解できてはいないのだが…
3曲目はマルチボーカルの”R.M.M. Ritmo Mundo Musical/RMMリスモ・ムンド・ムシカル”を聞いてほしい。3:06と6:20に登場するのがセリアだ。さすが女王だけあって、他の大御所よりも尺が長い。性の区別がなければ、彼女がキングだ。
これは90年代サルサの名盤『Combinación Perfecta/コンビナシオン・ペルフェクタ』というアルバムに収められたオープニング曲で、当時RMMに属していた人気サルセーロが揃い踏みの豪華さがある。「過ぎたるはなお~」の諺よろしく、ライブビデオだとかなりのごちゃごちゃ感があるものの、お祭りムードは最高潮だ。得意フレーズの「アスーカル!」を3:30にぶっこんでくるあたり、セリアもノリノリなんだろう。
私見ではセリアに一番近い日本人歌手は和田アキ子だと思う。彼女が酒・タバコ・博打のうちせめてタバコをやらず、バラエティ番組にも手を出さなかったら、日本のセリア・クルスになれていたはずだとひとしきり嘆息するのだが、和田氏の人生なのだから、ずいぶんと手前勝手な恨みつらみだと承知している。