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あ、遺跡食堂のようなもの|Essay
現実主義者のボクは遺跡観光があまり好きではない。
前提として、考古学が扱う文化はしょせんは死んだ文化だという醒めた思いがある。それに概して夏だと暑い。はたまた有名な観光地だとガイドや物売りがゴロゴロいるから落ち着かない。かといってガイドがいないと文化的背景がわからないし、そうかと思えばガイドツアーだと自分のペースで歩けない。二律背反の狭間でいつも悶々とする。
だから、遺跡探訪をメインの目的とした旅程はなるべく組まないようにしている。
でも気に入った遺跡はいくつかある。そのひとつがメキシコオアハカ州のモンテアルバン遺跡だ。
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昔は缶コーヒーの名前にもなったこの遺跡は、コーヒー畑にではなく、乾燥した丘の上にある。午後遅くに欧米のシニアツアー客のバスに潜り込んで乗りつけたボクは、ツアーが雇った早口の英語ガイドの説明が理解できず、その輪から外れて一人でブラブラ歩いていた。
遺跡の上段に腰かけた白髪の老人を見た。老人は実際は欧米のどこかの国から来たのだろうが、武骨な石段に調和したその姿は、遺跡の創造主であるサポテカ族のようにみえた。後年、死者の地ネクロポリスとなるモンテアルバンの悲哀が、西日を受けた彼の背中に表現されていた。ボクは思った。「この遺跡は人間に憑依することによって、七百年の孤独に抵抗しているのだ」と。
アイット・ベン・ハドゥの集落もそうだ。モロッコのサハラ砂漠寄りの街、ワルザザートの北西にある。ベルベル人のハドゥ族が築いたカスバ(砦)=要塞集落で、1987年にユネスコ世界文化遺産に登録された。
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敵の侵入を防ぐため、一ヵ所だけ設けられた入口をくぐりぬけると、内部の通路は迷路状でかなり入り組んでいる。子どもたちの声と生活の音がする。ポツポツと人が暮らしているようだ。展望台があり、そこから見下ろす赤く染められた景観が素晴らしかった。
ここはワルザザートで建築を専門とする日本人移住者に出会い、勧められた場所だ。実のところ、そのあと一緒に訪ねた街中の、モロッコ式銭湯というかサウナであるハマムの印象のほうが強く残っている。暗くて汚くて、でも下町くさくて気持ちよかった。ついでにいうと、お宅でごちそうになったタジン料理も美味だった(タージンではない)。遺跡と対になった土色のスイートメモリーズだ。
どちらの場所にも夕暮れ前に訪れている。遺跡がたどった時間の重みと失意の結末を共感したいなら夕刻がベストだと思う。でも、夕方まで営業している遺跡は少ないし、郊外に立地していることが多いからアクセスに問題があるしで、そんなことも遺跡から足が遠のく理由なのかな、と。いとおかし。