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最強のラテン音楽を求めて|八代亜紀とメキシコの八代亜紀編|Liner-note
霹靂一閃で八代亜紀の訃報が届いた。
彼女がいない日本はまたひとつ斜陽へと向かうだろう。
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八代亜紀の声はめちゃくちゃハスキーで、聴く人の心をしずめる力を秘めている。襞のある歌声と情感豊かな表現力をひっさげ1971年にデビュー。1973年に発表された「なみだ恋」は、感傷的で心に響くメロディで120万枚を売り上げた。これを皮切りに、「しのび恋」「愛ひとすじ」「おんなの夢」「ともしび」「花水仙」「もう一度逢いたい」「おんな港町」「愛の終着駅」など、女性の微細な感情をえぐった楽曲を次々とリリースした。
1979年、新たな地平を切り拓いた「舟唄」が大ヒットを記録。1980年には「雨の慕情」で日本レコード大賞を受賞した。発表された楽曲がすべてが連続ヒットとなり、女性演歌歌手のなかで総売上枚数トップを誇る。
長距離トラック運転手たちからは「女神」として熱烈な支持を受け、彼女の顔を模した観音様が描かれたデコトラが国道を疾走した。日本人離れした彫りの深い顔立ちで、かつボン・キュッ・ボンとスタイルがよい。でも、僕はずっとその見た目をバタ臭く感じていて、それほど好きではなかった(いま古い映像を見ると「なかなかきれいだなー」と思う)。
八代亜紀との双璧はやっぱり都はるみ。女性演歌歌手の二大巨星と言えるだろう。八代亜紀がかすれた歌声でしんみりと聴衆を引き込むのに対し、都はるみはビブラートをかけた繊細な歌声で歌に感情を与える。
だが、僕がここで比較したいのは都はるみではない。アナ・ガブリエル/Ana Gabrielだ。
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アナ・ガブリエルは1955年12月10日生まれのメキシコの女性歌手(八代亜紀の5歳下)。音楽ジャンルとしては、いちおうラテンポップ、ラテンバラードだが、メキシコのカントリー音楽のランチェーラ/Ranchera作品も多い。
「Simplemente Amigos」「Quién Como Tú」など数々のヒット曲がある。ポップなノリの「Hice Bien Quererte」や、ヴィッキー・カーと歌った「Cosas del Amor」なんかも好きだね。
ハスキーボイスなところが八代亜紀を彷彿とさせ、特にバラードで深い印象を残す。力強く感動的なライブパフォーマンスで知られ、コンサートはラテンアメリカ中で高い人気を誇っている。
では聴き比べてほしい。八代亜紀の「舟唄」とアナ・ガブリエルの「Eres Todo en Mí」。テイストが似ていると思う2曲だ。
「舟唄」は八代亜紀の多彩な音楽性と歌唱力を堪能できる楽曲で、間奏に民謡調のパートをはさみ、感傷的で切ないメロディが特徴。
「Eres Todo en Mí」はまさに情念という歌いっぷりだが、決して別離を歌っているわけではない。しかし、ここまで思い詰めて愛を告白されると、日本男児は重すぎて引いてしまうよね。
次にカバー曲を取り上げる。八代亜紀は北原ミレイの「石狩挽歌」で、アナ・ガブリエルのほうはもはやメキシコ国歌と言っても過言ではない「Cielito Lindo」。
なかにし礼作詞、浜圭介作曲。挽歌とはエレジーのこと。死者を悼むのが本意で、転じて悲しい歌の総称である。中森明菜や憂歌団もカバーしたが、のびのある声量の八代版は圧巻で、まったく別の歌にしたと評価されている。
前半は「México Lindo y Querido」というランチェーラ曲で、2:41から表題曲に変わる編集のYouTube。どちらもトラディショナル・ソングでいろんなアーティストが歌っている。マリアッチを編成に加えた3拍子のランチェーラは、一般にイメージするメキシコ音楽のアイコンそのもの。Cielito Lindoは「きれいな空」という意味だが、この曲では愛しの人を指す感嘆詞として使われている。
正直ランチェーラはじめメキシコ音楽には造詣がない。マリアッチのほかにも、ノルテーニョやテハーノ(テックスメックス)、コリードとかがあって区別がつかない。苦手分野なのだ。興味がある人はこちらも検索してみて⬇
そして八代亜紀さん。ありがとう、どうぞ安らかに。