兵士の働き方改革は永遠に無理ゲーなのだ|Review
ハノイにあるホアロー収容所は、1954年のディエンビエンフーの戦いまでフランス軍が用いた捕虜収容所だ。
ベトナム戦争でも使用され、捕虜にされた米兵から「ハノイ・ヒルトン」と皮肉られたそうだが、主には仏領インドシナ時代の暗部を暴く施設となっている。ベトナムにはフランス人観光客が多く、みな一様に神妙な表情で見学していた。ボクも気持ちが重くなり、長居はできなかった。
ベトナムは、その後の第二次世界大戦の初期に日本軍が進駐し、さらに大戦後フランスの再侵略となり、南北が分断された長い冬の時代に入る――ベトナム戦争だ。
ベトナム戦争とは
ベトナム戦争の発端は1954年のジュネーブ協定。北緯17度線を境に、北ベトナムは共産主義政権、南ベトナムは米国の支持する政権が樹立された。南ベトナム政府は共産主義の浸透を恐れて、北ベトナムへの攻撃を開始した。
米国は南ベトナム政府の支援を決定し、1964年8月のトンキン湾事件を契機として軍隊を派遣し本格的に戦争に介入。北ベトナムへの空爆や南ベトナムへの地上部隊の投入などを行った。米軍は北ベトナム軍や解放戦線側によるゲリラ戦を相手に苦戦し、1973年にパリ和平協定が締結され撤退した。戦争は1975年4月30日に北ベトナム軍が南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)を陥落させるまで続いた。
国家にとってのベトナム戦争の功罪
1960年よりベトナム内部の統一戦争として開始されたこの戦争は、今日のベトナム社会主義共和国にとっての国家の独立と統一を勝ち取ったという意義がある。また、アメリカ帝国主義を打ち破り、ベトナム社会主義の勝利を世界に示した戦争でもある。
しかし、南北あわせて15年間で500万人以上の死者と数百万人以上の負傷者を出した。これは労働力の甚大な損失であり、インフラは破壊され経済は疲弊し社会は混乱した。枯れ葉剤やクラスター爆弾、対人地雷などによる環境破壊や健康被害も問題となった。自国民に対するテロリズムもあったとされ、そのことが根本原因ではないが、北部人と南部人の違いがいまも強調される。
アメリカ映画が描くベトナム戦争
米国にとってベトナム戦争は、歴史上はじめての敗北体験であり(諸説あり)、国内の反戦運動の高揚、外交上の孤立などが大きな打撃となった。また、ベトナム帰還兵の社会復帰の困難さが深刻な問題として浮上した。
このような背景から、ベトナム戦争に批判的で厭戦的な内容の映画が多く制作された。70年代では『ディア・ハンター』や『地獄の黙示録』、80年代では『地獄のヒーロー』シリーズや『グッドモーニング、ベトナム』『友よ、風に抱かれて』『カジュアリティーズ』『7月4日に生まれて』などで、ボクたちの思春期にはこうした反戦思想を土台とした映画があふれていた。
なかでも自分にとって印象深い『プラトーン』と『フルメタル・ジャケット』をレビューする。
『プラトーン』1986年公開
1967年、アメリカの大学生クリス・テイラー(チャーリー・シーン)は低い社会階層の若者が不当な扱いを受ける現実に憤り、ベトナム戦争に志願。配属された小隊(プラトーン)は過酷な戦場で戦うなか、分隊長たちの対立や同士討ちに見舞われ、戦争の狂気に取り込まれていく。エリアス(ウィレム・デフォー)とバーンズ(トム・ベレンジャー)の対立が頂点に達し、エリアスがバーンズに撃たれて死亡。クリスは仲間たちに報復を呼びかけるが、クリスたちは夜襲に遭い、味方の空爆に巻き込まれる。クリスはバーンズを射殺し、自分も重傷を負いながら生き残り、戦場を離れる決断をする。
『フルメタル・ジャケット』1987年公開
ベトナム戦争時、ジョーカー(マシュー・モディーン)はアメリカ海兵隊に志願し、厳しい訓練を受ける。仲間の訓練生レナード(ヴィンセント・ドノフリオ)はいじめに悩まされつつも、ジョーカーとのサポートを受けて訓練を完遂。だが訓練により変調をきたし、卒業式の夜に鬼教官ハートマン(R・リー・アーメイ)を射殺し、自殺する。
その後ジョーカーは報道部員としてベトナムに派遣される。同期のカウボーイ(アーリス・ハワード)と再会し、彼の小隊に同行。フエ市街での戦闘で指揮官が戦死し、さらに分隊長も失う。カウボーイが指揮を引き継ぐも、狙撃兵の襲撃で犠牲者が続出。ジョーカーと仲間は復讐を誓い、焦げた建物内で狙撃兵を発見。しかし彼女は若い女性で、ジョーカーは葛藤しながらも彼女を射殺。戦場での出来事に様々な思いを抱きながら、彼らは行軍する。
映画レビュー
『プラトーン』は個人の葛藤に焦点を当てたドキュメンタリー風で、『フルメタル・ジャケット』は冷静で緻密な演出が特徴だと思う。
生々しい戦争の描写が強い『プラトーン』は、人間の理性と本能の対立を二人の人物の対比をつうじて描いており、戦場に米国社会の歪みを反映させたシリアスな作品でもある。極限状態の中で正義をまっとうするのは難しく、戦争というものがいかに人間を壊していくのかがよくわかる。
名優たちのなかでもウィレム・デフォーがやたらとかっこよく、特にジャケットのシーンが象徴的で印象に残る。この映画を見た96%の人は彼のファンになったことだろう。このシーンを見てストーンズ好きの地元の友だちは、「キースにえらい似ちょる」と別のところで盛り上がっていた。
『フルメタル・ジャケット』は言葉の暴力がすごい。もしハートマン軍曹が現代の職場の上司だったら、そこは間違いなくブラック企業だ。前半は延々と壮絶な練兵シーンが続き、「微笑みデブ」がなぶられ狂っていく姿は『シャイニング』を彷彿させる。彼の表情の描写は、キューブリックらしい映像表現だと言える。
「機械のように相手を撃ち殺すことだけ考えろ。余計なことは考えるな」という人間性の否定こそが戦場での生きる術であり、映画タイトルの真意もそこらへんにあるのだろう。心に非情のコーティングをしろってね。ナッジなんかの行動様式とは真逆にある。
1988年8月に任天堂は『ファミコンウォーズ』を発売するが、そのCMは『フルメタル・ジャケット』の訓練シーンをパロったもので、「ファミコンウォーズが出るぞ!」「かあちゃんたちには内緒だぞ!」と替え歌にしてヒットした。最後のシーンで戦場から次の町へ移動する兵士の群れが口ずさむ「ミッキーマウス・マーチ」、映画のエンドロールを流れるストーンズの「Paint It Black」なども印象的だ。
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米国で制作されたベトナム戦争映画は、当然ながら米国の視点から制作されている。それをみるボクたち観客も知らず知らずに米国側に立ち、ベトナム兵が撃たれ殲滅される様子にホッとし快哉を叫んでいたのではないか――使い古された言説だが、いま一度耳を傾けよう。
ベトナム戦争はベトナム人にとっては国家の苦難と分断からの再統一、そして経済的な発展への道のりであり、その歴史的な出来事は彼らのアイデンティティの形成に深く結びついている。『無人の野』や『10月になれば』『ハノイの少女』のようなベトナム目線でのベトナム戦争映画を鑑賞することが、価値観のバランシングに必要だ。