#196日々是=^_^=日 教え子のお母さん
(約1000字)
出勤しようといつものバス停に着いたら、ラケットを抱えたご婦人のグループが先に並んでいた。
なんか見たことがあると思ったら、そのうちの一人が、教え子のお母さんだった。
30年前と全然変わらない。
懐かしい…と思ったが、名前がどうしても思い出せない。
私に気付いてくれるかな、とも思ったが、私はマスクをしていた。
わざわざ外して、顔を覗き込むのもなんだしな。
子供の顔はもちろん思い出した。
3年生の1年間、担任した女の子。
しかし、名前が思い出せない。
話しかけてみようかとも思ったが、相手は集団で、楽しそうにずっとおしゃべりをしている。
名前がわかっているならまだしも、わかっていないのに話しかけるのは憚られた。
相手が私を覚えていなかったら、なんのはなしですか?となってしまう。
一対一であれば、ゆっくり思い出してもらえばいいが、相手が集団だと、そうはいかない。
思い出せないのが、残念。
一生懸命考えていたら、エピソードの方がどんどん思い出されてきた。
確か、その子は末っ子だった。
そして、このお母さん。
いいお母さんだった。
エピソードを一つ。
…
詩の勉強をした後のある日、その子が日記に素敵な詩を書いてきた。
確か、メロンの気持ちになって書いているような詩だった。
自分で考えたという。
私はそれを、学級通信で紹介した。
そうしたら、お母さんが、私を訪ねてきた。
私が、素敵な詩ですね、と褒めたら、
「違うんです。」
聞けば、詩が好きだというその子に、詩集を買ってあげて、それに載っていた詩を日記に書いて提出したとのこと。
私に、自分で書いたのと聞かれ、つい「うん」と言ってしまったらしい。
それは申し訳ないことをしました、謝ります、という私に、
「家で話しますので、先生からは何も言っていただかなくて大丈夫です。」
と、お母さん。
考えてみれば、私から話題を振るのではなく、お家で話してもらって、本人から私に本当のことを言うのが筋である。
私としても、先にお母さんから話を聞いていれば、そうだったんだね、きちんと確認しなくてごめんね、で済む。
ベテランの母親という感じの、落ち着きのある対応だった。
…
このようなエピソードはいろいろ思い出したのに、名前が思い出せない。
この記事を書いている今も、まだ、思い出せない。
今度、お母さんが一人でいる時に会ったら、話しかけようと思う=^_^=
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