特養で感じた介護についてのあれこれ
今日は会社の創立記念日。「かいチャレ(かいごチャレンジ)」に申し込んであった。前回は一軒家の通所の施設だったが、今回は特別養護老人ホーム、略して特養に行ってきた。特養は、要介護3以上を対象とした終身利用が可能な公的施設である。お邪魔した「S苑」は桜の名所・M川沿いに建つ、築20年のやや古めの施設だった。
午前10時。玄関脇の部屋に通され、介護課長(40)によるオリエンテーションを受ける。驚いたのは、施設が入居者の終の棲家になっている、という話である。「終身」に「終の棲家」という言葉に早くもただならぬものを感じた。しかし、課長は明るく元気な体操のお兄さん風。爽やかな第一印象がそのまま施設の雰囲気として刷り込まれていった。
続いて施設を案内される。ロビーの一角は「居宅介護支援事業所」になっていて、数名がデスクワークをしている。フロアの奥はショートステイのエリアで、すでに利用者でにぎわっていた。脱走防止用のロック付エレベータで4階へ上がり、インターンはフロアのリーダーに引き渡された。
細身のリーダーは33歳。スキンヘッドで眉薄め、見た目ヤンキーの元バンドマン。リーダーとしての風格に欠けるものの、課長同様、生き生きと働く若者で、実はここのエースだった。特養は、介護度が高くて病院みたいなところ。未経験者にはハードルが高めだと聞き、内心、戦々恐々としていた。しかし活きのよい二人に案内されると、先入観は胡散霧消していった。
14時まで休憩はとらず、スタッフの後をついて回った。フロア中央に食堂があり、両側に二人部屋が並ぶ。4階の入居者は23人。自分の足で歩けるのは5人ほど。ほぼ全員が認知症だった。センサーやモニターといったテクノロジーの導入状況から、看取り契約のメリットまで、なかなか聞けない「ぶっちゃけトーク」もあった。
「介護って意外とクリエイティブなんっすよ」。リーダーは仕事への情熱を語ってくれた。なぜなら100人いれば100通り。その人にとっての最適解を求め、スタッフは試行錯誤を繰り返す。自力で歩けるのか、食べられるのか、排泄できるのか。考慮すべきは介護度だけではない。本人の性格や他の入居者との相性にも気を配る。快適に過ごせるようトライ&エラーを惜しまないが、打率は3割という。しかし、施設であれば設備だけでなくスタッフも揃っている。介護士、看護師、薬剤師、ケアマネージャ。他にも、食事、掃除、洗濯、事務など、実に多くの人々に支えられている。キツイ、キタナイ、クサイ。3Kといわれる介護職に、彼はクリエイティブな側面を見出しやり甲斐を感じている。プロフェッショナルな仕事ぶりに感動を覚えた。
今回も多くのことを学ばせてもらった。中でも最も衝撃的だったのは、やはり下(しも)の世話だ。前回の施設は一軒家で、トイレも一般家庭のそれ。一方、さくら苑は特養だけあって介護仕様である。タイル張りでシャワーがあり浴室のよう。車いすが余裕で入り、介助をするのに十分な広さが確保されている。カーテンの隙間からつぶさに観察させてもらった。
身体を抱きかかえられ、便座に移され、衣服を脱がせてもらう。ある入居者は、用を足しながら「両親がまだ来ない」と訴えていた。女性スタッフ(55)は「今日は遅いね」などと会話をしながら尻を拭いていた。臭いもするし、手袋をしているとはいえ便が触れることもあった。しかし、彼女は慣れた様子で嫌な顔一つせず、一人一人丁寧に対応している。課長の説明では、汚物に対する抵抗感は3カ月でなくなるとのことだった。とはいえ、自分もこんなふうになってしまうのか、と強いショックを覚えた。
ふいに「自分の尻を拭けなくなったら終わり」という悲観的な一文を思い出した。どこで読んだのか、誰の言葉だったかは覚えていない。だがスタッフたちの献身的な働きぶりを目の当たりにして思った。尻を拭かれるのは、恥ずべきことじゃない。老病死は自然なこと。だから、自分がそうなったときは専門スタッフに委ねればよい。こんな楽観的な考えに至れたのは、全くの想定外で、本日最大の収穫である。歩く、食べる、排泄する。当たり前のことなのに、歳をとるとできなくなる。悲しいけれど、それもOK。自他ともに老いという変化を受け入れ、支えあえる社会になればよいな、としみじみ思った。
わずか4時間の職場見学。ある意味お客様扱いで、良い面しか見ていないことは百も承知だ。それでも、若いスタッフが生き生きと働く姿が実に印象的だった。安直だが、それだけで介護の未来が明るいものに感じられるほどだった。S苑は「働きやすい福祉の職場宣言事業所」として東京都から認定を受けている。なるほど。これは意外と介護施設を探すときの基準になりうる要素ではなかろうか。
次回は、有料老人ホームに潜入する。どんな現実を目の当たりにし、何を感じるのか楽しみになってきた。