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【水引】(ショートショート)

『水引のないご祝儀袋なんて、ツッコミのいないボケと一緒だ。何の役にも立たない。』

謎のフレーズが頭に浮かぶ。

いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。

式場行きのバスに乗った私はめちゃくちゃ焦っていた。

ご祝儀袋を忘れたかもしれないと、バスに乗る前に慌てて確認したのが裏目に出た。

そう、その時は確かにあったのだ。

バスが発車してからふと窓の外を見ると、私のご祝儀袋のものと瓜二つの水引が路上に落ちているのが見えた。

慌ててカバンの中のご祝儀袋を確認すると、そこにあるはずの水引が無かった。

どうやったらそんなことになるのかと自分でも信じられないが、カバンに戻す際にどこかに引っ掛けて外れてしまったらしい。

式場近くにはコンビニもない。

水引のないご祝儀袋を渡すしかないの?

せっかくのアオイの結婚式なのに、そんなの絶対にいやだ…。

どうしよう…。

私は絶望するしか無かった。

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式場に向かうバスで隣に座った女の子が、やたら焦った様子でカバンの中を漁っていたので、なんだろうと横目で見ていたら、中から水引のないご祝儀袋が出てきた。

さらにカバンの中を探ったあと、落ち着きなく目を泳がせ始めた。

同い年くらいだから、アオイちゃんの友人だろうか?

初めは、今時は水引のないご祝儀袋もあるのかなと思ったが、そうではないようだ。

かなり困っている様子が伺える。

俺は、カバンからまだ使っていないご祝儀袋を二つと筆ペンを取り出し、聞いてみた。

「あの、これ、よかったら使いますか?筆ペンもありますよ。」

「え、でも、あなたの分じゃないんですか?」

「いや、俺のもちゃんとあります。俺、ご祝儀袋はいつも二つ買うんですよ。
どうせいずれ使うだろうと思って。
で、ズボラなんで式場についてから書いて中身入れるんです。
だから、よければ片方どうぞ。」

「え、ホントですか?使ってもよければぜひお願いしたいです!おいくらですか?」

「いや、別にいいですよ。」

「そうはいきません。ちょっと待って下さいね。」

そう言うと彼女は財布を取り出し、「これでお願いします?」と言いながら千円札を渡してきた。

「こんなにもらえません。三百円くらいですよ、こんなの。」

「困った時には三百円でも千円の価値があるんです!」

「いやいや、それはこっちが困ります。定価でいきましょう。」

俺は財布から七百円を取り出して渡した。

その後少し話すと、やはり彼女はアオイちゃんの友人で、高校の同級生だということが分かった。

友人代表で何か喋るらしく、それもあって緊張しまくっていると言っていた。

式場に着くと、その女の子に先に筆ペンを貸してあげた。

律儀に俺が書き終わるまでそばにいた彼女だったが、その後はもう特に一緒にいる理由もない。

俺と彼女は、それぞれ友人を見つけて別れた。

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式が終わった後の二次会で俺と彼女は同じテーブルになった。

「友人スピーチ、最高でしたよ。
『タピオカ様のご加護』のくだりとか、めちゃくちゃ笑いました。
事故のことを思うと笑ったりしたら不謹慎なんでしょうけど、だれも大きな怪我もなくてよかったですね。」

「あ、楽しんでもらえてよかったです。
不謹慎も何も、今となっては笑ってもらうためのネタみたいになってるんで全然大丈夫だと思いますよ。」

「スピーチも緊張しますよね。お疲れ様でした。」

「いえいえ、おかげさまでなんとか乗り切った感じです。あの時ご祝儀袋を譲ってもらえてなかったらメンタル的にどうなってたか…。」

そんな会話をしている内に、何となくそんな雰囲気になり、俺たちはLINEを交換した。

彼女の名前は、ヒマリさん。

向日葵みたいに元気に笑う彼女にはピッタリの、素敵な名前だなと思った。

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酔った勢いとはいえ、人生で初めて男の人と連絡先を交換してしまった。

厚かましい女だと思われていないだろうか?

彼はアオイと新郎のイツキくん両方の知り合いで、大学で二人と知り合ったらしい。

イツキくんとは親友で、よく一緒に酒を飲んでくだらない話をしたのだと嬉しそうに話していた。

名前はリクくん。

正直、素敵だなぁと思った。

でも恥ずかしすぎて、私からはとてもじゃないが連絡なんてできない。

連絡来ないかなぁ、でも来たら来たでなんて返せばいいか分からないなぁ…。

なんて思いながら帰りの電車でウトウトしていたら、なんと、来てしまった。

リクくんからのLINE。

一気に目が覚めた。

どう返事をしよう…。

悩んでいる内に『ご祝儀袋から始まる恋』というフレーズが頭に浮かんだ。

いやいや、そんな使えないフレーズ考えてる場合じゃない。

すぐに頭から打ち消して、私はまたリクくんへの返事に頭を悩ませる。

私は、一向に収まらない胸のドキドキに困惑しながら思った。

もしかしたら、本当にこれが恋の始まりなのかしら?そうだったらいいな。と。


ゴミを拾って短編小説を書く。
SNS上(主にInstagram)で、そんな創作活動を半年ほど続けています。

もっと正確にいうと、ゴミ拾いをして、そこで拾ったゴミから妄想を広げて短編小説を書くという活動です。

決まり事は二つ。

「『そのゴミは、悪意を持って捨てられたものではないかもしれない』というところから妄想を広げること」

「読んだ後に、読んだ人の中に何かしらの良い感情が芽生えるようなストーリーを考えること」

せっかくなのでnoteにもあげていってみようと思います。

よろしければぜひお付き合いください。

このお話は、以前に投稿した作品群とリンクした内容となっています。

よろしければぜひそちらもお読みください。

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