アナログ派の愉しみ/本◎黄文葦 著『新中国語から中国の「真実」を見る!』
いまこそ
等身大の隣人を知るために
一読三嘆とは一度読んで何度も感心するという意味だが、黄文葦の『新中国語から中国の「真実」を見る!』を手にして、久しぶりにこの四文字熟語がよみがえった。四半世紀にわたって日本と中国の双方に軸足を置き、両国の言語を自在に操るジャーナリストならではの快著というべきだろう。近年中国のネット社会にはびこる流行語を巧みに読み解く手際に、わたしは思わず膝を打ったり、ニヤリと笑ったり、何やらしみじみとしてしまったり……と、さまざまに心揺さぶられずにはいられなかった。
たとえば、【小粉紅(シャオ フェン ホン)】。一見すると可愛らしい言葉だが、若い愛国者、それもとくに女性を指すという。粉紅はピンクの意味で、それがやがて完全な共産主義の「赤」に染まるかどうかは未知数といった含意があるらしい。
あるいは、【巨嬰(ジュ イン)】。巨大な赤ちゃんという意味。もっぱら、自己中心的で規律を守る意識が低い大人に対して使われるという。かつて著名な心理学者が中国社会の「巨嬰化現象」について分析した本を出したところ発禁処分になったそうだ。
また、【忽悠(フー ユウ)】。本来は物体がゆらゆらするという意味のところ、現在では物体の形容ではなく、人間がでたらめをいう、法螺を吹く、相手を騙すなどを意味するようになって、まさに中国の社会状況を的確に表した言葉として大流行しているとか。
【人生贏家(レン シェン イン ジャ)】は、金銭面、家庭面、仕事面のすべてが完璧な人生の「勝ち組」を意味するという。もっとも、それよりも人生の楽しみ方を知っているほうが勝者との考え方も。なお、反対語の「負け組」を意味する中国語は存在しないらしい。
さらには、【不忘初心(ブ ワン チュー シン)】。初心忘るべからず。ただし、日本のわれわれの使い方と違って、現在の中国では2017年の共産党大会の報告で、中国人民の幸福と中華民族の再起のために働くことが「初心」とされて賑々しく流行語になったという。
こんなふうに目からウロコの落ちるような解説が「日常生活の流行言葉」と「コロナに関する新中国語」の計113の言葉につけられているのは、まさに圧巻だ。そのあとには独自の視点に立った日中文化比較のケーススタディも。目下、日本でも中国でもマスコミはとかく相手国に批判を浴びせるばかりの状況のもとで、黄文葦のこの小さな一冊には特大の価値があるだろう。何はともあれ、まずは等身大の隣人を知ることが出発点だという、当たり前のことを教えてくれているのだから。