アナログ派の愉しみ/本◎アル・カポネ談『リバティ』インタヴュー

世界に冠たる民主主義国家の
ギャングとは


ギャング映画の古典とされる、ハワード・ホークス監督『暗黒街の顔役』(1932年)の原題「SCARFACE(傷痕のある顔)」とは、アル・カポネのあだ名だ。つまり、この作品のモデルは禁酒法時代のシカゴを支配した悪名高いギャングで、こうした連中をとかく英雄視するような世間の風潮に対し、かれらの実像を暴きだすことを企図したものだ。

 
その結果、主人公の新興ギャング(ポール・ムニ)は生来の凶暴な性格が強調され、ひっきりなしに銃をぶっ放し、恩義のある親分も平気で裏切る一方で、つぎつぎ愛人をこしらえながら実の妹にも情欲を向け、その結婚相手となった手下を亡きものにしてしまう。酸鼻をきわまる暴力でのしあがっていくのだが、やがて信頼できる仲間はいなくなり、ついに武装警官隊が包囲するとうろたえて逃げ惑うところを射殺される……。

 
ところが、である。この映画が公開されたときに、現実のカポネは脱税により懲役11年の判決を受けてジョージア州アトランタの刑務所で服役していた。すなわち、暗黒街を恐れおののかせた「SCARFACE」は依然として存命中だったのであり、ドラマのなかの不甲斐ないギャングとはまったく異なる人生行路を歩んでいたのだ。

 
それだけではない。クリストファー・シルヴェスター編の『インタヴューズ』(1993年)は、当時の大衆雑誌『リバティ』がカポネのインタヴュー記事をセンセーショナルに掲載したことを伝えている。1930年8月27日の取材だそうだから、財務省の捜査チーム「アンタッチャブル」によって逮捕される1年前のこと。場所はレキシントン・ホテル4階のオフィスで、チーク材のデスクに腰かけたカポネの背後の壁には、リンカーンの肖像画と、「人民の人民による人民のための政治」で有名なゲティスバーグ演説の写しが掲げられており、どうやらこの暗殺に斃れた大統領を崇拝していたらしい。

 
カポネは開口いちばん、アメリカ人は団結しなければいけない、と主張した。世界恐慌の荒波が押し寄せ、共産主義などの勢力が社会の安寧秩序を脅かすなかで、おのれの憂うるところを滔々と弁じてのける。

 
「みんなで団結してひとつの考え方を貫くことができないんですよ。きちっとまとまった組織がないんだ。変な話だと思いませんか、世界でも指折りのリーダーが陣頭指揮に立ってるってのに、この国のまとまりが史上最悪だなんて?」(柴田元幸訳)

 
どうだろう? ここに示された見解は、アメリカでふたたび猛烈な「トランプ旋風」が吹き荒れ、大統領の座をめぐって社会が分断されたまま和解の兆しも見えない現状を予見するものではないか。さらに驚かされるのは、その鋭い舌鋒が21世紀の金融市場を席巻する巨大IT企業など国際資本のあり方にも向けられているように見えることだ。

 
「世界の資本が、いまは全部紙になっちまってる。誰かが何か新しいアイデアを思いつくたびに、資本金を増やして、自分のふところには現金を入れて、株主には紙切れを渡す。金持ちはますます金持ちになる。株主はその紙を使ってまた投機をやる。噂を流して儲ける手口を見つけた奴もいる。〔中略〕あちこちで合併が起きた。紙の再資本を現金に変えるのが上手い奴らが、副社長だの何だの、どんどん肩書きを立派にしていった。紙泥棒の罪で監獄の鉄格子の向こう側に入ってるはずの若造どもが、繁栄に浮かれた世の中で一夜にして出世した。生きる指針がまるっきり狂っちまったんです」

 
では、こうした独善と強欲が渦巻く社会を矯正するためには、どうすればいいのだろうか? カポネはしみじみとした口調で、家族こそオレたちのいちばん大切な味方です、と語ってこう続けたという。

 
「いま世の中を荒らしまわってる狂気の沙汰がいつの日かおさまったら、この国も心からそのことを思い知るでしょうよ。家庭をしっかりさせればさせるほど、国もしっかりするんです」

 
まさしく卓見! と、思わず膝を叩きたくなる手を、慌てて止めたのはわたしだけではないだろう。たとえいかに卓見らしく聞こえたとしても、それが非合法のギャングの口から出たものならば、おいそれと頷いていいものやらどうやら。わたしは頭をひねらずにいられないのである。果たして、悪党までがあたかも大統領と肩を並べるかのように堂々と演説を垂れて、マスコミが大っぴらに善男善女へ届けるという構図は、世界に冠たる民主主義国家ならではの本領なのだろうか、それとも病理なのか、と――。
 

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