アナログ派の愉しみ/映画◎デ・シーカ監督『自転車泥棒』

「見つかるか
見つからないか」


基本的なストーリーの組み立てや、それによって表現しようとするモチーフが、まるで双子のようにそっくりな映画と言っていいのではないか。第二次世界大戦の終結からまだ日の浅い時期に、相前後して発表された黒澤明監督の『野良犬』(1949年)とヴィットリオ・デ・シーカ監督の『自転車泥棒』(1948年)だ。にもかかわらず、ふたつの作品がわれわれにもたらす印象には非常に大きな開きのあることが面白い。

真夏の炎天下、警視庁の若い村上刑事(三船敏郎)は射撃訓練から帰る途中、バスの車内でピストルを盗まれてしまう。そこには7発の銃弾が入ったままで、責任の重大さに突き動かされ、かれは復員服姿で混沌の地下社会に潜入して闇ブローカーの糸をたぐっていく。だが、やがてピストルは強盗事件に使われて若妻の命を奪い、さらには、その銃口が同僚の佐藤刑事(志村喬)にも向けられて……。

日本映画に刑事モノの分野を切り開いた傑作とされるこの『野良犬』は、終始、戦争によって荒廃した首都東京の光景をスクリーンに取り込み、そこにうごめく人間どもの生態を生々しく浮かび上がらせる。ところが、同じく敗戦国イタリアの首都ローマを舞台として、やはり窃盗事件を手掛かりに、当時の世相と人間模様をドキュメンタリー・タッチで描いていく『自転車泥棒』のほうは、真逆と言っていいほどベクトルの向きが異なる。

失業者のアントニオ(ランベルト・マジョラーニ)は職業安定所でポスター貼りの仕事を斡旋され、そのための条件である自転車が質に入れてあったのを請けだして、翌朝、意気揚々と出かけたところ肝心の自転車を盗まれてしまう。警察に訴えてもラチが開かず、アントニオは知人の助言により、翌日の日曜日に6歳の息子ブルーノ(エンツォ・スタヨーラ)を連れて盗品の自転車を扱う市場へ出かけて、血眼になって探すものの見つけられない。市内をさまよいながら、自分のおぼろな犯人の記憶と似通った人物を見かけるたびに追いまわしては顰蹙を買ったり暴力沙汰になったり。ついには窮したあげく、みずからも他人の自転車を盗もうとして周囲の人々に取り押さえられ、警察に突きだされかけたが、その膝に泣きすがるブルーノに免じてかろうじて見逃してもらうことに……。

痛切な幕切れは、これまでどれだけ世界じゅうの人々の涙を誘ってきたろうか? ふたたび仕事を失う恐怖心に駆られてまっとうな人間から転落する父親と、その父親のぶざまな弱さを目の当たりにして絶叫することしかできない息子――。社会の貧困が生んだ不条理をまっすぐに見つめる視線が、ネオリアリズモ映画の代表作と評価されたゆえんだが、先の『野良犬』と対比すると、そう単純な話でもない気がする。

いくつかポイントを列記してみよう。その①、野獣のような眼差しをもった村上刑事と違って、アントニオはかなりぼんやりとした人物として描かれている。冒頭の職業安定所のシーンでも、大勢の失業者がひしめいているなかで離れた場所にたたずみ、友人が気をまわしてくれたからポスター貼りの仕事にありつけた次第だ。その②、村上刑事にとって盗まれたピストルはおのれの生死を賭して取り返すものだったが、アントニオにとっての自転車は仕事の道具とはいえ、妻がベッドシーツ6枚と引き換えに請けだしたものに過ぎなかった。その③、ピストルの闇ブローカーと違って、盗品の市場では大っぴらに多くの自転車が並んでいることから、この手の売買は日常茶飯事だったわけで、アントニオに起きたのは特別の事態ではなかった(おそらく、かれはこの盗品市場で新たに中古自転車を安く調達するのが適切な対処法だったろう)。その④、村上刑事は執念深く犯人を追って壮絶な格闘の末に逮捕するが、アントニオは追跡を諦めると安直にも衆人環視のもとで他人の自転車を盗むという解決策に走る(もしそうするなら、せめてブルーノと帰宅したのち、夜分にひとりで街に出かけて犯行におよぶぐらいの配慮があって然るべきだろう)。

以上を貫くのは、なんだろうか? そう、戦後社会の実存的不安をめぐって『野良犬』の額に青筋を立てた緊迫のドラマに較べ、『自転車泥棒』のほうはいかにものんびりとタガが緩いのである。あえて主人公の父子役にズブの素人が起用されたことも手伝い、さりげなく切り取られた平凡な日常性に対して、われわれは安心して「上から目線」で同情の涙を流すことができるのだ。その意味では、あくまで力でねじ伏せようとする黒澤監督よりも、デ・シーカ監督のほうがずっとしたたかな計算を働かせていたと言えるかもしれない。

盗まれた自転車の行方を追って、アントニオはあろうことか、ブルーノをともなってイカサマの女性占い師にまで縋りついた。そのときのご託宣が、いみじくも作品のメッセージを要約しているようにわたしには思える。

「見つかるか見つからないか、どちらかよ」


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