1度目の人生のターニングポイント(つづき)

祖父の死、母の病、7年交際した恋人との別れ、
意識不明の父…25歳の私に起きた、
到底自分の力だけではどうしようもできない出来事。

そんな状況に立たされ、
こんな状況下だからこそ、
やりたいことにはすぐ挑戦し、
周りの人には感謝を伝えて、
会いたい人には会いに行く。

自分の人生をしっかり生きたい。
強く思うようになった。

…前回のわたし。

そんなタイミングで

「コンテスト、出るんですか?」
「ベストボディジャパン、出てみれば?」 
 
と、ある人からの言葉。

まさか、その日作ったカオマンガイの
インスタのストーリーから私の生活が一変するとは思ってもいなかった…

(ベストボディジャパンとは、
日本初の年齢別で健康的美ボディを競うボディコンテストである。)
(当時のわたしはここで初めてこのコンテストの存在を知る。)

言われた直後は
「ん?ボディコンテスト?わたしが?」
「この人は何を言っているんだ」
と拒絶反応が出た。

ただ、また少し経って
「出てみたらいいのに」との言葉。

その日から少しずつ、私の中で
「もしかしたら、今の私を変えるのは『これ』なのかもしれない」
「何も無い私が自分自身で立って歩く、
目標は『これ』なのかもしれない」

そう思うようになっていった。


そもそもこの人物との出会いは
私が色々と仕事について悩み、
燻っていたタイミングで受けた、
ボディメイク講座がきっかけである。

当時の私は何となく「このままでいいのか?」と
今の仕事に疑問を持っていた。

金融機関での事務という仕事上、
毎日100点を取り続けることが当たり前、
100点を取っても褒められることはないし、
どんな小さなことでも、1つでもミスをしたら
それが重大な事故につながる。

職場はずっとギスギスしていて
当時、1.2年目は職場で笑うこともできなかった。
(私に余裕がなくて笑えないという感じではなく、
笑ってる余裕を見せる事すら糾弾されるような
ピリピリとした空気が場所内に漂っていた。)

毎日そんな空気に耐えながら
全神経を使って業務を終えた私を癒してくれるのは習い事のホットヨガの時間。

もともと身体を動かすことが好きだったわたしはホットヨガで身体を動かし、汗をかく、
インストラクターの声に耳を傾けて
穏やかな気持ちになる事で、
ストレスをなんとか発散していた。

「このままヨガの先生にでもなろうかな?」
そんな風に思っている時に、

インスタでたまたま流れてきた
「誰かに憧れる自分ではなく、憧れられる自分へ」「自分の身体を自分で変える」

そんなキャッチコピーだったと思う
パーソナルトレーナーをコーチングしている方が、一般向けに講座を開くと。

…「内容、難しそう。」「この人、怖そう」
と思いながら、「でもここで逃げたらダメだ」
「これが何かのきっかけになるかもしれないじゃないか」
とその時強く感じたのを覚えている。

勇気を出して、DMを送信した。
今思えばそのタイミングから、
私の変化の第一歩が始まっていたのかもしれない。

そこから講座を受け、
何度かその人物と交流し、
冒頭の一言の場に至るのであった。。

…まだ時間軸が3年前…!!!
まだ長くなりそうですがお付き合いください🙏

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