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ずぶ濡れフライデー⭐︎ナイト
「財布がない!」
気がついたのは退社後、最寄駅の改札でスイカを出そうとしたときだった。
僕は咄嗟に「きっと会社に置き忘れたに違いない」と思って、どしゃ降りの雨の中、急いで元来た道を引き返した。
ちなみに僕が会社にあると思った理由は、ふたつある。
ひとつは、その日、外出したのはお昼に徒歩5分圏内のコンビニに昼ごはんを買いに行ったきりだったということ
もうひとつは、午後にちょっとショックな出来事があって、仕事は何とかきちんとこなしたものの、ずっと気持ちは虚ろなままで、仕事以外の記憶がほとんどなかったことだ。
つまり、あの短時間の外出で財布を落とすなんてちょっと考えにくい一方で、あれだけボッーとしてたら、普段ありえないようなウッカリだってするだろうという推理のもと、誰もいない夜のオフィスを僕はくまなく探し回ったのだった。
しかし、なかった…。
そして、念のため、お昼に行ったコンビニとそこまでの道のりも探してみたけど、残念ながらそれらしきものは見当たらなかった。
その名の通りポケットマネーも一銭もなかった僕は、このままでは電車に乗って家に帰ることもできない。
仕方なく妻に電話したところ、家と会社の中間点くらいまでなら迎えに来てくれるとのことだった。
彼女だって今日は仕事でクタクタなはずなのに、文句ひとつ言わずに迎えに来てくれるところは本当に人として頭が下がる思いというか、純粋にありがたかった。
だから、僕も気を取り直してその中間地点までの約50分ほどの道のりを歩くことにした。
しかし、その頃には、雨足はさらにその勢いを増して、まさにバケツをひっくり返したような豪雨と化していたから、数分も歩いたら全身がずぶ濡れになってしまって、財布をなくしたこととあのショックなニュースの記憶と相まって、なんだかもう一歩も歩く気になれないな、とほとんど誰もいない(見えない?)歩道に一人呆然と立ち尽くしてしまった。
そしたら、妻から電話がかかってきて、
「ひとまず近所の交番に行ってみたら」
とまさに絶妙なアドバイスをしてくれたのだった。
けど、僕は決して財布が交番に届けられていると期待したわけではなくて、ただ大雨の中、長距離を歩かずにひとまず雨宿りできることにホッとしただけだった。
駅前の交番には先客として若い男の子がいて、彼も僕と同じように財布を落としたようだった。
けど、彼の財布は無事見つかったみたいで、後日、指定の警察署に取りに行くように指示されていた。
「ラッキーだったね!」
ととりあえず心の中で祝福しておいた。
そして、いよいよ僕の番。
すでに待ち時間の間に書類は記入しておいたので、さほど待つことなくおまわりさんからの回答を聞くことができた。
「残念ながら、こちらには届いてませんねー」
という例のお決まりのクリシェが
告げられる
と身構えていたのだけど、彼の口から出てきた言葉は
「それらしき財布が別の交番に届いているみたいですよー」
という野球でいうところのまさに一発逆転満塁ホームランみたいな
一言だった。
「やったー!」
僕の心の中の野球少年(カープ坊や)が歓声を挙げた瞬間だった。
そして、僕はお巡りさんに教えてもらった20分くらい先にあるその交番に急いで向かった。
相変わらず外は土砂降りだったけど、僕という人間の脳みそは本当に馬鹿みたいにシンプルに出来ていて、さっきまでの憂鬱はどこへやら、今度は大雨の中を、まさに「雨に唄えば」のジーン・ケリーみたいに、傘をステッキ代わりにして高らかに歌い踊りたくなるような気分になっていた。
そして、目的地の交番に到着した僕は無事財布を受け取り、妻とも合流して、二人で家路を急いだ。
このとき僕が財布をなくしたのに気づいてからすでに3時間以上が経過していた。
ボクも迎えに来てくれた妻もくたくたになって家に帰ったら、帰りが遅いのを心配した息子が泣きながら玄関先にやってきた。
「ごめん、ごめん」と言いながら、彼を抱きしめる。
でも、二人でお風呂に入る頃には彼の機嫌もすっかりよくなって、今日彼が行ったトランポリン教室の話を身振り手振りを駆使して、本当に楽しそうに話してくれたのだった。
「こんなふうに飛んで、回転したんだよー」
「僕はこの飛び方については才能あるかも・・・」
僕は終始笑顔を浮かべながら、彼の話を聞いていたと思う。
だって、あったかい湯船に浸かりながら、彼の声を聴いているだけでもうめちゃくちゃ癒されていたからだ。
本当に3時間前の自分とはまったく真逆のシチュエーションである。
そして、僕は心の中で、めちゃくちゃ大変だった今日一日のこと(まあ自業自得だけど(苦笑))を
「終わりよければすべてよし」
と少し満足気な表情を浮かべながら総括していたのだった。