ボクはデイ・ドリーム・ビリーバー!
この数日で分かったこと。
ひとつ、この世界はビジネスを中心に回っているということ。
そして、どんなに仲良くなったつもりでも仕事で知り合った人はみんなビジネスマンだったということ。
そんな当たり前のことが分からずにいた僕はいわゆるデイ・ドリーム・ビリーバーで、でも、僕はやはりビジネスやビジネスマンのことはあんまり好きじゃないから(だってレジュメとかコンプライアンスとかアジェンダとかアジャコングとかすぐワケワカメな言葉を使うからさ)、死ぬまでずっとこんな調子でやっていくのだろう。
ちなみにビジネスマンとデイ・ドリーム・ビリーバーの一番大きな違いはそのベクトルの向きである。
すなわち前者のベクトルは自分に向いていて、後者は外に向いている。
前者はいろんなレベルで壁を作るのも特徴だ。
国家、会社、組織、家族…。壁があれば自分たちの利益を守ることができるからだ。
一方、後者はとことんシームレス(継ぎ目なし)である。損得勘定よりこの大きな世界をできるだけ味わいつくしたいという飽くなき好奇心が勝つからだ。
その結果、後者は、必然的にお人好しかつセンスオブユーモアの塊となり一緒にいて楽しいから、ビジネスマンたちもちやほやしてくれる。
その結果、デイ・ドリーム・ビリーバーはどうしようもないバカだから、そんな彼らがビジネスマンだという事実をうっかり忘れてしまう。
そして、世界が楽しく明るくなるならば、くだらない壁なんか無視していいよね、と彼らも思っているはずだとつい勘違いしてしまう。
で、そんな僕の夢のために力を貸してくれないかな?
とお願いしたら、とたんに鉄面皮になった彼らに
いやいやいや、あなたと違って僕たちはれっきとしたビジネスマンですから!
とにべもなく断られる。
悲しいけれど、それが現実だ。でも、遅まきながらその事実を知れてラッキーだとも思っている。
たぶんビジネスがこの世界の中心に居座り続ける限り、デイ・ドリーム・ビリーバーの途方のない夢を叶えることはおそろしく困難なことだ。
じゃあどうする?
全くのノーアイデアだが、もはや誰にも期待せずに自分のセンスオブユーモアだけを頼りに生き抜く覚悟を決めた僕の視界はさらにクリアになったのは間違いない。
何度、失望したとしても、僕は愛されるより、やはり全力でこの世界を愛したいのだ。
また改めて記事にするつもりだが、だからこそ、
僕は自分の頭で「考えること」を諦めない。
なぜなら、考えることは、すなわち
「愛すること」
に他ならないからだ。
果たして、この僕の発言を理解できる人がどれくらいいるだろうか…。
まあ少なくともビジネスの世界に愛なんてないということくらいは、なんとなく分かるかも知れない。
それって、つまり…。
そう、今こそ、誰かが作った古臭い幸せのイメージを思考停止のまま、ただなぞるのではなく、
自分にとって何が本当の幸せなのか?
をひとりひとりが真剣に
「考える」
時代なのかもしれない。
そろそろ冬(の時代)が始まる…。