TAKE!NO!KO! 【エッセイ?】
春の日は油断がならない。
やつらはいつも狙いすましたように休日にやってくる。
「クール便で〜す」
いやな予感がした。
頼んだ覚えのない宅急便。
湿った重たいダンボール箱。
敵の襲来だ。
箱の中には土にまみれた怪物がみっちりと封じ込められていた。
毛むくじゃらの表皮に覆われ、固く尖った角の先は猛禽類の爪に似ている。
紫色のイボが下部にずらりと並んでいて禍々しい。
生まれたての赤ん坊くらいのずっしりしたやつが、いち、にい、さん、しい、ご。
まじか…
私は頭を抱えた。
なぜ今日なんだ?
好きな映画を再生し、今まさに淹れたてのコーヒーに口をつけようとしたところを見計らって?
私のささやかな春の休日を蹂躙しようというのか?
映画観賞はおあずけだ。
やつらを手早く仕留めなければならない。
時間との戦いである。
放置すると罪悪感に苛まれ、家族からは恨みのまなざしを向けられる。
今日中に屠ってしまわなければ。
戦闘態勢に入る。
アレルギーを引き起こす攻撃に備えてゴム手袋をはめた。
まず茶色の毛がびっしりと生えた表皮を外側から順にはがしていく。
本体は容易には出てこない。
はがした表皮は筒状に丸まって嵩張り、毛むくじゃらの山が築かれた。
倒しても倒しても増えるモンスターのようである。
次に刃物で紫色の不気味なイボを削ぐ。
見るだけでゾワゾワするのを我慢してやっつけた。
頭を3センチ切り落とし、縦に腹を割く。
ゴロゴロと安定しない形態のせいで切るのが難しい。
手が痛い。早くも投げ出したくなる。
だが、まだ負けられない。
こいつらの息の根を止めるまでは。
やつらを鍋に放り込んだ。
往生際悪く浮き上がってくる。
いにしえからの教えにしたがって伝説の粉で撃退しよう。
ひとつかみ投げ込むと呪文を唱える。
「アクヌケアクヌケアクヌケ」
仕上げに真っ赤な魔除けの実を一粒入れる。
万が一にも蘇らないように念入りに一回り小さい土鍋の蓋をのせ、やつらを深く沈める。
約1時間、時々水を足しながらグツグツと煮立てる。
例の粉が泡立って鍋の縁にこびりつく。
邪悪な気配が消え去るのを待ちながら戦場の後始末を行うことにした。
新聞紙の上に敵の抜け殻が大量に積み重なっている。
大きなビニール袋いっぱいに詰めたそれをまとめて空気を抜いてしぼませる。
なんだかんだで最終的には初形態の三倍くらい場所を取るのだ。
どこまでも忌々しいやつらめ。
敵が大きすぎて二つの鍋を使っても一度では処理しきれない。
二回目は伝説の粉をやめて、敵をより早く弱体化すると言われる炭酸水素ナトリウムを使用した。
「ハヨニエロハヨニエロ」
呪文を唱えて魔除けの儀式を行う。
独特の匂いが家中に漂った。
敵は最後のあがきで催眠作用のある臭気を発散しているのだ。
うっかりまどろみかけてしまった。
いかん、鍋の水が蒸発して減っている。
水を足さなければやつらが空気に触れてしまうではないか。
危ない危ない。
火を止め、やつらの魂と鍋の温度が冷めるのを待つ。
この鍋を洗うのがまた難儀なのだ。
排水口がつまらないように気をつけなければならない。
伝説の粉は意外と面倒くさい。
ようやく静かになった敵を横たえ、おごそかに解体し、水の入った容器に封じ込めた。
鎮魂歌を歌ってやろう。
「ダバダバダバダバ〜バッバ〜♫」
その夜、私は戦利品を味わった。
春の香りの、さくさくした歯触りの、ほんのりと黄色い陽光の色をした炊き込みご飯。
悪くない。
あれほど辛い戦いの末に勝ち取ったものなのだから当然と言えよう。
ずっと台所に立ってばかりで他の事は何一つできなかった。
あいつに支配されて私の休日は終わった。
「また送って頂いてありがとうございます!めちゃめちゃ量が多くて、もう大変でしたよ!申し訳ないので、こんなにたくさんじゃなくていいですよ。
いえいえ、もう、うちなんかそんなに食べる人いませんから。私、料理が得意じゃなくて。一苦労でした!ほんとに大変で!ええ、なので、もう来年は…あ、そうですか。
いえ迷惑だなんてとんでもない。ですが、良ければ他のお宅にまわしてあげてくださいね。どうか他のお宅に…」
電話を切り、ため息をついた。
断っているつもりなのだが、わかってもらえない。
来年もやはり、あいつはやって来るのだろうか。
一日がかりで倒さねばならない強敵。
あの美味しい怪物たち…