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稽古場は、まさかのプールサイド。/大学で、能楽部に入った話。(03)【エッセイ:あの日、私と京都は。6】
「口で言うより、見た方が早いと思う」
出会ったとき(→前々回)の、アンニュイな雰囲気はどこへやら。
「BOXはこっち」
さくさく誘導してくださるメガネ先輩に、驚きを隠せない。。。
しかもあの発言(→前回)・・・
「あの・・・」
「何?」
声をかけると、ぴたりと止まって振り向く。
その仕草に、あ、この人丁寧なんだな、と思う。あの、ギャップ爆弾をくらった衝撃は癒えてないが、基本的に丁寧なのだ。
「BOXって・・・」
BOX、というのが、サークルの部室を指す名称だとは理解している。この大学に入学した者の常識だ。
ただ、前に見学に行ったサイクリングのサークルでは倉庫だったし、マンドリンのサークルでは練習場だったし、各サークルによって使い道も広さも場所もそれぞれだった。
このメガネ先輩は、確か『稽古場』という補足をつけていた。多分、その『能』とやらを稽古するところなんだろう。
「どんなところ・・・ですか?」
現在、体育館と生協の間にある抜け道を歩いている。
このまま行くと、プールに突き当たるのは知っていた。でも、プール以外、何もなかった気がする。
「うん。見るのが早いよ」
いや丁寧じゃねぇな。
もうベストアンサー見つけたらそれしかないんか!? ちょっとは説明しようとか思わへんの!? 言葉の努力は!?
「もうすぐだから」
実際、もうプールの目の前まで来ていた。
だがプールだ。BOXではない。どう見ても。
「こっち」
プールに沿って右に折れていく。体育館の真裏に当たるところだ。裏に回ったのは初めてだ。
「あれだよ」
指し示したところに、確かに、コンクリ造りの二階建てがあった。
1階には柵が見える。二階は、非常階段のように外から入れる階段がついていて、窓が開け放たれているのが見えた。
どっちだろう。1階かな。
ん?1階・・・1階に何か書いてあるような・・・
"○○ほいくえん”
ほいくえん(゚Д゚)!?
「あ、下は関係ないよ。ただBOXの下に保育園があるってだけで」
そんな状況聞いたことないんですけど!?
ええ!?どういうこと、大学の敷地内に保育園があんの?
でもそうか、あれか、大学の職員とか先生とかが子どもを預けるっていうあれか・・・?
いや、それでもBOXは保育園の上に立ってるっていう事実は何一つ変わらないし!
「2階でみんな稽古してるよ。行こう」
メガネ先輩は躊躇なく、「1階が保育園、2階が大学のBOX」という、謎の建物に近づいていく。まあ、あれがBOXらしいから、当たり前だけど・・・。
そして剥き出しの鉄板型の階段を、カンカンカンカンと上っていく。
「・・・」
もはやここまで来たら、ついて行くしかない・・・。
柵のむこうにあるメルヘンな遊具を横目に、壁の脇についた階段を上っていく。
上ると、びゅうと風が吹いた。
先ほどのプールが見下ろせる。
まだ手入れしてないんだな。水面は青や透明じゃなく、緑で濁ってよくわからない。
でもその深い色合いは、辺りに点灯し始めた光を受けて、ちらちら輝いていた。
京都の街中に、こんなだだっ広く、ぽかんと空いた空間があるのか。
少し歩けば、隙間さえあればぎゅうぎゅうに学生アパートが立ち並んでいる。私のアパートも、窓を開ければ向かいのアパートだ。
でも、今いるこの2階のテラスから先は、基本、空と水と風しかない。
なんて豪華な使い方だろう。
「おっ、帰ってきたみたいだぞー」
窓の向こうから声が聞こえる。能をやってる人たちだろうか。
多分、テラスを歩く人影でわかるんだろう。
BOXの扉は、鉄でできており、重量感バツグンだった。
取っ手も真鍮か何かでできている。けど、ぷらぷらしていて回しても半分ぐらいしか意味がなさそうだ。
ぎっ
「戻りました」
「お帰り!大変だったねー・・・あっ、」
「えっ!?」
「おっ!!」
「しっ」
「新入生!!!!」
『予想外の展開!!!』って言葉がどーんと見えますけどそれ、こっちの台詞なんですが・・・
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