蜂の子
朝目覚めると、昨日までの悪天候が嘘かのような晴天に見舞われ、
風に仰がれたカーテンが顔を撫でるのを鬱陶しく手で払った。
ベランダに出て煙草でも喫もうかしらと、
服を着て喫煙具を引っ掴んだ。
床に置いてある灰皿の横に座し、のそのそとライターで咥えた煙草に火を付ける。
一口目を肺に入れ込まずに、ふかす。
煙がもわっと風に攫われ、僕の鼻先に立ち上る。
ぷかぷかと煙を燻らせていると、僕の視界の端に見たことのない虫が地べたを這いつくばっていた。
茶色の小さい身体を震わせて、細かく羽をばたつかせて歩くそいつには、なんだか可愛くらしさを覚えた。
煙草の先に溜まった灰と同等ほどのそのちいさな身体は、陽の光を浴びているせいか、余計にキラキラと茶色い光線を照らし返している。
地元では見ないかおだなお前、とぼそりと呟いた。
ぼんやりとそのような時間を過ごしていると、部屋でまだ寝ていた女が、うーんと唸ったのが中から聞こえる。
僕はすこしばかり、小さなそいつとの対話の時間を奪われたことに嫌気がさしたが、これからの今日一日を思い直した。女は虫がきらいなのだ。
少し迷った挙句、僕は煙草の先でそいつをつつき、焼き殺した。
ごめんな、ごめんな、お前は悪くない。
僕は吸い終えた煙草を灰皿に押し付け、また煙草を引っ掴み、立ち上がって部屋の中に入ろうとする。
台風が運んできたその蜂の子は、体をぶるぶる震わせて、静かに息を引き取っていた。