M.がらしゃ

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移ろう時の襞の合間に(1)

  あの故郷には、わたしはもう帰らないであろう 全てが蜃気楼のように虚ろになってゆく                              研ぎすまされた鋭い刃物のような美の感性の底に、何処か鄙びた野暮ったさを秘めている、それが私の愛するイタリアだった。 もう随分昔のことになってしまった  飛行機のフライトを心配しなけばならなかった恐ろしい真昼の濃霧、ミラノ 今は、その霧でさえ二千年の垢を覆い隠す薄汚れた街並みの冬のミラノを 見捨ててしまった、とか、、、、久しぶりの古い友

    • 響き合う魂の煌めき                                              last ambient                                       

      宮川大聖 羽生結弦若い、という事はなんと素晴らしいことであろう。 その混沌の感性の中に宿るもろもろの醜さや美しさに戸惑い、 自分を見失いそうになったり、見失ったり、、、、そうしてやがて暗い鏡の奥から放たれる自らの魂の彩にはっとして、こんなところまでさ迷ってきたきたのか、と、、、、驚く みずみずしい生命の魂 羽生結弦 宮川大聖 生まれたばかりの赤子のように柔らかな感性が美に響き合う、 そこから生まれ出でる魂の透明さ  若い、眩しいほどに美しく 今、まさに朽ち落ちようとする命の縁

      • 魔法のように美味しい芸術

         こんなにも美しく優しさ溢れる手を、今まで見たことがあっただろうか? Grand Chef 松尾の手が食材に触れる瞬時である。 彼は一つ一つの食材をそっと慈愛を込めて眺め、自らの料理のために生命を捧げてくれる食材を愛おしんでいるかのようである。 「優しく接する」というのが彼の食材に向かう時の精神的な佇まいなのだ。「なぜなら、彼らは命なのだから」と彼は言う。 <優しさ>Gentile(伊)、という形容詞が古語になってしまったような現代のせわしなく、殺伐とした砂漠のような乾きの中

        •  庭の命たち

            怠惰に移ろう夏の午後の陽が、いつの間にか透明な鋭さを見せ始め、庭先のミズナラの影を芝生の上に細長く描く季節の到来を告げている。  今朝早く、わたしは朝食の締めくくりのコーヒーをぼんやりとすすりながら、芝生の上に落ちている一枚のトウ楓の真っ赤な葉を見つけた。 そんな季節になり始めているのか、、、トウ楓の樹は未だ緑に覆われているというのに、、、 それにしてもいつまで続くのか、この昼の暑さときたら、、、、  突然、ガラスのような空を切り裂く鋭い鳴き声が聞こえる。まだ早すぎるでは

          移りゆく夏の日々に

           緑を含んだ空気が、明けきらぬ朝の寝室に流れ込んでくる。 夏、わたしは夜の間 寝室とロフトの窓を開け放しておく。 山裾にあるわたしの山荘は、この数年の間に育った様々な木々の緑の帳に埋没する。その中で、このまま死んでしまいたいと願う程の幸福感を感じている。 幼年時代、わたしは夏が好きではなかった。  三人兄妹の末っ子に生まれたわたしは、どちらかと云えば母から疎まれる存在であった。明治生まれの両親にとっては、10月生まれの長男と同月生まれのわたしは、てっきり男の子であろうと期待さ

          移りゆく夏の日々に

            夏と料理

           日本の夏は老体にこたえる。気温の高さもさることながら、問題は湿度の高さである。 ヨーロッパに住んでいた20世紀中頃、夏と云えばミラノのような大都市では六月に入るころから人が減りだし、八月ともなればすべての店にシャッターが下ろされスーパーマーケットなども例外ではなく、家政婦からエリートビジネスマンに至るまで、ミラノの住人達は海や山に逃げ出していた。通常は車の激しく行きかう大道通りも人影はなく深閑として、ある時急用でヴァカンスを中断して急遽町に戻った私は、石畳を歩く自分の靴音が

            夏と料理

          霧の宴  ミラノ Ⅴー5                                      Al di Là (アル ディ ラ) 彼方に

          *マリアム巡業に出る。演技への開眼。アヴィニヨンでミシェルの演奏に感動し生きるARTEを体感する。ミラノに帰り、アンドレアの墓に参る。 ******************************  全てを振り切って意に沿わない巡業に出たマリアムの芝居に没頭する姿に、共演者たちは少し恐れを感じていた。重要だが脇役であるのにも拘らず、あまりにも真剣に取り組む彼女の演技は、何かにとりつかれた様な一種異様な雰囲気を醸し出していて、近寄り難たかった。  舞台を終わってからも「No.n

          霧の宴  ミラノ Ⅴー5                                      Al di Là (アル ディ ラ) 彼方に

          霧の宴   ミラノ Ⅴー4                                             Al di Là (アル ディ ラ )      彼方に                             

          *Stabat Mater, アンドレアの死  ******************** 霧の晴れやらぬ街並みの湿った粗い石畳を用心深く踏みしめながら、 マリアムは作曲家の友人の家に向かっていた。  湿った重い空気の漂う中、突然ふわりと密やかに微かなミモザの匂いが鼻をくすぐって、マリアムは立ち止まり背筋を伸ばし辺りを見回した。が、それらしき樹木は見当たらず、ミモザを売る道端の花売りの姿もない。 ー確かにミモザの匂いがした筈なのにーと解せなかった。  その日は、コンサートシー

          霧の宴   ミラノ Ⅴー4                                             Al di Là (アル ディ ラ )      彼方に                             

          霧の宴  ミラノ Ⅴー3           Al di Là (アル ディ ラ)         彼方に

          *ジョルジョとの対話。パトスとロゴス。<美>の考察。 ********************   暫く二人の間に時間が澱んでいた。頭の中に遠のいたり近づいたりする未解決なある考えを、マリアムは自らにも理解させようと試みる。 「ルキーノ ヴィスコンティが映画化した、トマス マンの<ヴェニスに死す>を観たでしょ? 貴方がどのように受け止めたか知らないけれど、あの耽美の世界には恐ろしいほど研ぎ澄まされた孤独な<美>の幻が根底に潜んでいて、異様な煌めきを放っていると、わたしには思

          霧の宴  ミラノ Ⅴー3           Al di Là (アル ディ ラ)         彼方に

          霧の宴  ミラノ Ⅴー2          Al di Là (アル ディ ラ)                                      彼方に

          * ジョルジョとの対話。アンドレアへの深い友人愛。<美>の響き合い。 ********************************  十二月三十一日、サン シルヴェストゥロのグラン チェ―ナとそれに続く夜明けまで踊り明かす馬鹿騒ぎを後眼にして、ジュリア―の公爵は南太平洋に旅立っていった。  そして、新しい年を迎え、公爵邸でのコンサートが開かれた。 しかし、マリアムは新しい芝居の台本を渡されていたので、その下準備にかからなければならず、初日の華やかなレセプションが続く公爵邸

          霧の宴  ミラノ Ⅴー2          Al di Là (アル ディ ラ)                                      彼方に

          霧の宴    ミラノⅤ-ー1    Al di Là(アル ディ ラ )              彼方に

          *ミラノの12月 我楽多市 Obej! Obej!  スカラ座のシーズンオープニング ナターレ 大晦日 ********************************  季節が、ミラノをそれらしく美しく楽しく装うことがあるとしたら、それは何時だろうか、とマリアムは一瞬首をかしげる。  ローマにいた頃の友人が、ミラノを訪れるたびに口癖のように言い残してゆく「よくこんなところに住めるね君は、ここはイタリアじゃないよ!」は、時にはあの美しい永遠の都への郷愁に駆られ、マリアムの心

          霧の宴    ミラノⅤ-ー1    Al di Là(アル ディ ラ )              彼方に

          霧の宴   ミラノⅣー5                 うたげ  La Bohème

          *20世紀後半期のオペラリリカに関する其々の好みに発するバトル ********************************  「ピエロ カップッチッリのマルチェッロ役は、ごく自然に偶発的なところがいいね。実に自由で偶発性が活きている、勿論テーマがボヘミアンということもあるが、、、一時代前の歌手に比べればスケールは小さい、彼の器からしてマルチェッロはぴったりだ。おそらく今回は、クライバーだからこの役を引き受けたんだろうけれど、このぐらいが彼の身の丈にあっていると思う。ち

          霧の宴   ミラノⅣー5                 うたげ  La Bohème

          霧の宴  ミラノⅣー4             うたげ La Bohème

          * <ラ ボエーム>談議その他  「 ともかく、ジョルジョは<ラ ボエーム>でさえコトゥルバスでは満足できないのだね」と、隣に座っていたアンドレアが話しを遮り、笑いながら彼の肩を軽く叩いた。するとジョルジョはにわかに表情をほぐして 「今夜は、始まる前にマエストロの開かれていたスコアの上に薔薇の花が三本置いてあったのを見たかい?」と、話題を変えた。 「最初は真ん中に縦に真直ぐ置いてあった。それをどうするかと思っていたら、指揮棒を手にする前に斜に置き換えたんだ。そして、最後まで

          霧の宴  ミラノⅣー4             うたげ La Bohème

          霧の宴   ミラノⅣー3              うたげ La Bohème

            大衆にも人気の高い<ラ ボエーム>の事とて、述べ十八公演が決まっていたが、Mo.C. クライバーの指揮は初日から五公演だけであった。当然のことながら、その五公演にはトップクラスの歌手達が揃えられている。  マリアムは、その五公演をスカラ座に通ったが、二日目の夜に隣のパルコに、可愛いスミレのブケを手に正装した十五、六歳の少年が、第二幕でムゼッタが登場する場面になると、身を乗り出しそうにして舞台に見入っているのに気づいた。 休憩時間に話かけると、彼は熱心なL.ポップのファンで

          霧の宴   ミラノⅣー3              うたげ La Bohème

          霧の宴    ミラノⅣー2        うたげ               La Boheme

          *スカラ座の<ラ ボエーム>をメインに、いつもの仲間たちとのオペラ談議に花が咲く。 ********************************    その夜、思いがけず山のサナトリウムのジョルジョやエミリァに会えたので、マリアムはたいそう幸せであった。 「どうだい、今シーズンは久しぶりにスカラ座の<ラ ボエーム>が、マエストロC.クライバーの棒に決まっているが、大丈夫かい?また山に来ることになるかもしれないぞ」と笑いながらジョルジョが言う。 「<ラ ボエーム>だったら

          霧の宴    ミラノⅣー2        うたげ               La Boheme

          霧の宴    ミラノⅣー1                    うたげ

          *12月アンドレア&エリア主催のコンサートシーズンの開幕。新年に設定されているジュリア―ノ公爵邸でのコンサートがあることからクレリア夫人もオープニングに出席し、その紹介がある。 ********************************   深い霧がミラノをすっぽり覆ってしまう十二月の第二土曜日の夕方に、 アンドレアとエリアが主催するコンサートのオープニングセレモニーは開かれた。  既にその年のスカラ座のオペラシーズンは、ミラノ市の守護聖人アムブロージョの記念日十二月七

          霧の宴    ミラノⅣー1                    うたげ