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読書録

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読んだ本の感想などです。
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2023年10月の記事一覧

読書録「橋をかける」

美智子「橋をかける 子供時代の読書の思い出」(すえもりブックス) 読書は私に、悲しみや喜びにつき、思い巡らす機会を与えてくれました。本の中には、さまざまな悲しみが描かれており、私が、自分以外の人がどれほど深くものを感じ、どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでした。(中略)しかしどのような生にも悲しみはあり、一人一人の子供の涙には、それなりの重さがあります。私が、自分の小さな悲しみの中で、本の中に喜びを見出せたことは恩恵でした。本の中で人生の悲し

読書録「驟り雨」

藤沢周平「驟り雨」(新潮文庫) 橋のたもとに降りると、重吉はあっさり言ったが、不意におもんの手をとって握った。 「だいぶ辛そうだが、世の中をあきらめちゃいけませんぜ。そのうちには、いいこともありますぜ」 そう言うと、自分の言葉にてれたようにもう一度笑顔をみせると、不意に背をむけて、すたすたと橋を遠ざかって行った。 「遅いしあわせ」(p230) どうすることもできない、しがらみや逆境の中にあってもひたむきに生きる市井の人々が丁寧に描かれている珠玉の短編集。 表題作をはじめ

読書録「数字であそぼ。」

絹田村子「数字であそぼ。7」(小学館) 当たり前でない位相を考える時、その真の価値に人は気付く。 当たり前のことを”当たり前である”と理解することは実はとても大切で難しいことなのだ。(p87) 京都大学理学部数学科を舞台にした数学×キャンパスライフという一風変わたマンガである。 一度見ただけですべてを覚えることができる抜群の記憶力をもつ主人公。 高校までは秀才の誉れ高く、「将来のノーベル賞受賞候補」とまで期待される。 現役で吉田大学(京都大学をモチーフとしている)に入

読書録「小さな会社でぼくは育つ」

神吉直人「小さな会社でぼくは育つ」(インプレス) 勤務している会社で採用活動に関する業務に携わっている。 その中で来年から内定者に対し推薦図書を送るという新たな取り組みを行う。 期待と不安がある新入社員に対し選書した本を以前NHKで放送されていた「理想的本箱 君だけのブックガイド」のように紹介する。先輩社員からヒアリングしたおススメの本を内定者に数冊寄贈し、それに対するレポートを毎月、書いてもらう。 内定者への教育を目的としているのではなく先輩社員との交流の一環として

読書録「田村はまだか」2011/2023

朝倉かすみ「田村はまだか」(光文社) 久しぶりに小説らしい小説を読んだ気分である。 読後、後味の良い内容にしばし温かな気持ちになれた。 全6話で構成されているのだが、表題作の「田村はまだか」は本書のプロローグ的な役割を担っている。 小学校のクラス会の三次会で一人、未だに到着をしていない「田村」を待つ5人の同級生。各々の年齢は満40歳となり世間ずれした中年たちである。 彼らが思い出話に花を咲かせる時、地味な存在であったが独特な印象を残した田村は必ず登場してくる。彼らの話

Progress

昨日の小林快次先生の著書の中で勇気をもらえる言葉があったので紹介させて頂く。 思えばそれまでのぼくは、目の前に高い壁があらわれたら、迷わず回り道をする人間だった。しかし、どうすればその壁を乗り越えられるか、のぼるべきか横からまわりこむべきか、徹底的に思考をめぐらせて壁にくらいついた経験は、これが初めてだった。 研究室のジェイコブ教授はよく、こんな言葉を口にしていた。 「もうアイデアが出ない、というのはうそだ。ずっと考え続けていれば、だれでも必ず優れたアイデアに到達する」

読書録「ぼくは恐竜探検家!」

小林快次「ぼくは恐竜探検家!」(講談社) 図書館の新刊コーナに置いてあった中学生向けの図書。 “ファルコンズ・アイ”=「ハヤブサの目を持つ男」と称され、日本一の恐竜化石といわれる「むかわ竜」を発掘した恐竜学者の小林快次教授は、僕の母校の総合博物館で研究に携わっており、学内でもたびたび話題になっていた。 華やかな経歴の陰には知られれざる挫折経験があったことに本書を読んで初めて知った。 アメリカの大学院に留学した際、こんなエピソードがある。 自分は研究職に向いていない。知

読書録「すむ」ということ

図書館で普段は気に留めない「月刊武道」という雑誌を見つけた。 表紙画が朝ドラ「らんまん」の主人公の牧野富太郎と壽衛夫人だったので、思わず手に取ったところ、巻頭リレーエッセイが素晴らしかったので一部転記する。 「空すむ」「水すむ」は、秋の季語である。 秋になると、空高く大気が澄みわたり、水の流れにも清涼感を覚える。 「すむ」というやまと言葉には、①澄む(清む)、②済む、③住む、という三つの意味がある。 まず「澄む(清む)」とは、「浮遊物が全体として沈んで静止し、気体や液体

読書録「悩む力」2011/2023

姜尚中「悩む力」(集英社新書) 偶然つけたテレビ番組に姜教授が出演し閉塞感漂う現代社会において、自らを肯定するには、如何に生きればよいのかについてお話しされいていた。 その中で著書「悩む力」の紹介があり、「自分一人だけが行きずまって悩みを抱えているのではない。むしろ悩みは至極当然なものであるから悩み続けることを良しとしよう」といったことを主張されていた。 放送終了後の翌日、大学書籍部で早速「悩む力」を購入した。 近代科学の発達により客観性が推し進められた結果、非合理的

読書録「寝ながら学べる構造主義」2011/2023

内田樹「寝ながら学べる構造主義」(文春新書) 約5か月前、新千歳空港で時間つぶしのために購入した本。 大学入試の現代文の問題に出典されていたことをおぼろげながら覚えていたので手に取った。 「超カンタン現代思想入門書」というキャッチコピーの通り平易な文体で書かれており、肩ひじ張らずに読むことができた。同時に読んでいた「新証券市場入門」がチンプンカンプンだっただけに卑近な例示が多い本書が格段に読みやすく感じられたのだろう。 本書によると「構造主義」とは、所属している社会集団