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岩のようなチョコから15年経って

そのターコイズブルーの箱を冷蔵庫で見つけたのは、葉桜の季節。

-- そっか、3ヶ月もずっと冷蔵庫に入れたままだったんだ。

手のひらにすっぽり収まる箱を開けると、そこには、トリュフチョコレートが6つ。ココアパウダーが、表面にベタっとはりついている。

-- あの日2つ食べて、冷蔵庫にしまったんだっけ。

「ねぇ、このチョコ。冷蔵庫にずっと入れてたんだね」

リビングのダンナさんに、キッチンから声をかけた。

「うん。カミーノが初めて作ってくれたチョコだから。岩みたいで食べれなかったけどさ、捨てるわけにもいかないし、記念にとっといた」

あの日のことを思い出し、ダンナさんはカラカラと笑う。

あの日、玄関で靴を脱ごうとしているダンナさんに、ターコイズブルーの箱をヌッと差し出した。

「これ、バレンタインのチョコ作ってみた。よかったら食べて」

当時2人目の育休中だったわたしは、チョコを作った。人生で3回目の。

「お?めずらしいね、お菓子作るなんて。カミーノの手作りチョコ、初めてだな」

予想外のバレンタインチョコに、驚いている。

「ほら、いま家にいるでしょ、育休で。だから作ってみた。手作りチョコなんて高校生以来だよ。15年ぶりくらいかな?」

「15年ぶり?味、大丈夫かなぁ」

表情はとまどっているけど、ダンナさんの口元はゆるんでいる。

まぁ、不安になるのも無理はない。わたしはお菓子作りが大の苦手なんだもの。どういうわけか、お菓子作りのキモ【材料をきちんと計る】ができない。

大ざっぱな性格のせいだろうか。料理もだいたい目分量で作るから、味が毎回少しずつ変わる。

わたしはそれを『つねに変化し、進化し続ける料理』と形容しているけれど、家族からは「ときどき退化してるよ」とツッコまれる。

【材料をきちんと計る】、これはお菓子作りの基本中の基本。どのレシピにもそう書いてあるし、料理好きの友人からもそう言われる。

「うん、たぶん大丈夫。材料計ってから作ったし、味見もしたから」

完成したトリュフチョコをお皿にならべたとき、自画自賛した。味も悪くなかった。トリュフチョコをあんまり食べたことはないけど、うん、多分こんな味。外はカリッ、中はとろっとしていた。

「どれどれ。じゃ、カミーノの手作りチョコ、いただこうかな」

ダンナさんは2本の指でチョコを1粒つまみ、大きく開けた口のなかにポロンと入れた。どんなコメントをもらえるか、わたしはランランとした目でダンナさんを見つめる。

「ん?これ、固くない?噛めないよ…」

「え?えーーーっ?噛めない?おかしいな。昼間作ったときは“とろっ”だったのに。おかしいなぁ、ちょっと1つちょうだい」

ターコイズブルーの箱に手をのばし、口のなかに1粒ほうりこむ。

-- ん?固っ…噛めないじゃん。味見のとき、こんなんだった?

「ホントだ。なにこれ、噛めない。作ったの、だれ?」

責任転嫁の一言が、思わず口からこぼれた。

「ハハハハ!すごいな、これ。こんな岩みたいなチョコ、初めてだよ。こんなのを作れるなんて、カミーノ、すごいな」

岩のような固いチョコを作ったというのに、どういうわけか褒められた。

あきれるを通り越し、おかしくてたまらないといった様子のダンナさん。手には、6つのトリュフチョコが入ったターコイズブルーの箱をもっている。

「いままでもらったチョコのなかで、1番インパクトあるよ、この岩チョコ。またあとでもらうわ」

そして、その箱を冷蔵庫にしまったのだ。

バレンタインが近づくと、この『岩チョコ』エピソードを話し始めるのが、我が家のテッパンだ。

どうひいき目に見ても、“美味しい”とは言えない仕上がりだった。だけど、あれから15年経ったいまでも笑い話になるということは、ダンナさんの心にそれなりのインパクトを残せたんだろう。

美味しくはなかったけど、まちがいなく楽しかった。

そんなバレンタインも悪くないよね。さて、今年のバレンタインはなにを贈ろうかな。

先月のわたしの誕生日に、ダンナさんは真紅のバラを5本プレゼントしてくれた。

「バラの本数には意味があるんだよ。“バラ5本”にメッセージを込めたから」

そう言って手渡してくれたバラの花束。

“バラ5本”に込められたメッセージ。今年のバレンタインは、その想いに応えられるような、そんなプレゼントを贈ろう。

いつもそばにいてくれるダンナさんに、とびきりのプレゼントを渡そう。




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み・カミーノ
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