ヒトラー最後の 12 日間
Der Untergang (独) 2003, Oliver Hirschbiegel 2h30 ★★★★★
公開当時の感想を発掘。んでここで加筆修正。だから前のものだよ。在仏。
フランスの状況
いきなりですが、私はフランス大好き人間でございます。どのぐらい好きかというと「仏具」って文字が目に入るだけで「はっ!フランス !?」と反射してしまうぐらい好きなのです。
んで。フランス人を見ていると、ナチスに対する辟易が未だに根強く残っているんだなと思う。誤解を恐れずに言えばヒトラーの亡霊に囚われているというか。
二十歳以下の人でさえ見せるナチスドイツに対する激しい嫌悪感には驚かされる。これはフランスだけでなくヨーロッパ全域と言ってもいいのかもしれない。地続きでないイギリスはまた状況が違うようだけど。
自分を含め、日本があんまりにも鈍感という説もあるけどね。
で、そんなお国でこの映画の公開ですよ。
フランスのマスコミの反応
距離を置いて見てて、マスコミの反応の面白かったこと。いつもと全然違うんよ。扱いの多いこと多いこと。
まずドイツで公開された時点で話題に。んで手ぐすね引いて自国公開を待っている。
公開されたら批評家だけでなく、なんと歴史家や専門家があちこちで作品を批評・解説。「映画」なんだけどね、これ。特集組んでさ。むしろ映画批評家よりも目立っていた気がするよ。
「ここが事実と違う」「美化しすぎ」等々。ドキュメンタリーじゃないんだよ、これ。ドキュメンタリーだって、全部が正しいとは限らないよ。全ては作りての意図によるんだから。
とにかくノルマンディー上陸やパールハーバーなんかとは食いつきが比較にならなかったよ。
人間的なヒトラー
特に批判されていたのはヒトラーが非常に人間的だということ。
アノ男が犬や悪魔じゃなく「人間」なのは百も承知だと各自己にツッコミを入れながら。それでも「人間的」であることが許せないらしい。あんなことをしたのが自分達と同じ「人」だと、どうしても認めたくないというような。
「公開期間中にアウシュビッツ開放 60 周年を迎えるが、その日にあのポスターがデカデカと町の中に貼られているのは堪えられん」ちゅーような記事も読んだ。
これまたポスターにいるのはブルーノ・ガンツであってヒトラーじゃないのは分かっとると自己ツッコミしてあったが。それでも堪えられんとのこと。
「人間的」であることの批判、なぁんかスゴい。「女性に対し非常に紳士的」から「愛犬に優しい」なんてのまであったよ。ごめん、読んでて吹き出しちゃった。いいじゃん別に飼い犬を可愛がったって。それが事実だとしても。
もう坊主憎けりゃってレベルだよ。本当に気に食わないんだろうね。あ、「動物に注ぐ愛情の一片でも、同じ人間のユダヤ人に向けていたら…」って言いたいんだろうなってのは分かるよ。
ブルーノ・ガンツ
そんな轟々の批評だったんだけれど、ブルーノ・ガンツは良く演じたという点では一致。「映画史上最もヒトラーらしいヒトラー」だとか。
「人間的」だと散々批判しといて、何か矛盾してるように思えなくもないんだけど、きっと似すぎるあまり嫌悪感も増すんだろうと想像。
そのブルーノ・ガンツが凄い。役者魂に感服。撮影中、滞在しているミュンヘンのホテルで他の人達からスゴイ目で見られて嫌だったと語っている。
「だって僕はヒトラーじゃないから。でも髭は自前なんで剃るワケにもいかないし」と。
私にはとてもできないよ、衣装なしのあの状態で現場以外を歩くなんて。そのときの様子が手に取るように浮かぶよ。想像を絶する冷たい視線だったろうに。
役作りをするときに自分とヒトラーを完全に切り分けて、役から現実に戻りやすくしたこと、現場で自分の姿を見るなりアノ敬礼をする軍服姿達にゾッとしたこと、引き受けたときに覚悟はしていたものの反ユダヤ的な台詞が辛かったことなど撮影秘話は尽きない。
役作りも相当なものだったようで。この人があちこちで繰り返しているのは二つ。「僕はヒトラーじゃない」「自分がスイス人じゃなきゃこの役は引き受けなかった」。ドイツ人だったら演らなかったと。
そのことがこの役を演じる上でかなりの助けになっていたようだよ。それだけ精神的にも大変だったんだろう。
それからこの役を演じるためにオーストリア訛りを完璧にマスターしたと聞いた。
ちゅうかこれは絶対に字幕で見るべし。たとえドイツ語が分からなくてもだよ。監督さんが「ドイツであること」にこだわったというこの作品、とんでもない迫力。こりゃ吹き替えじゃ再現できんよ。
ドイツ語が分からないんで、私には訛りもへったくれもないんだけど。それでも字幕で見るべし。いや本当に分からないのが残念でならない。
こういう見えないところでの打ち込みがあったから「最も似てる」と言われるまでになったんだろうね。
ブルーノ・ガンツの演技の中でも特に光っていたのが、拡大鏡を手に呆けて地図をみるシーンと、ヒムラーの裏切りを知ったときの慟哭。
「○○はいいのだ、アイツならやりかねん!だがヒムラーが、ヒムラーは別だ、あのヒムラーが!」と名前を連呼、怒り・衝撃・寂しさ、そして側近へ注いだ愛情までをも全て、あの怒鳴りの中で表現してる。
ヒトラーに賞
ふと思ったのだが、ヒトラーを演じて賞を貰うのって難しいんじゃなかろううか。
この作品に限らずどんなに熱演しても、そしてそれがどんなにいい演技だったとしても、「ヒトラー」と名のつくものに賞を与えるのは欧米人には抵抗があるように思える。
人間的なゲッベルス
人間的といわれるけれど、それをいうならゲッベルスも非常に人間的。
ヒトラーを演じるブルーノ・ガンツが激情型とするならば、ウルリッヒ・マテス演じるゲッベルスは沈黙型。総統の横で静かに無表情でたたずみ、無言でも居るだけで十分にある存在感。不気味で怖いよ。
必要とあれば現場を知る将官達を相手に怒鳴りあうという、冷たく強気な面。その一方、側を離れるよう命令されたと影で愚痴り、顔をクシャクシャにして涙を流す。
実際の彼がどれだけの人を「直接」殺めたのかは知らないが、この作品では自分の子供を手にかけるときは顔を強張らせ、部屋の中に入ることすらできない。
全てを奥さんに任せるのだ。非常に人間的。表面上は冷静を装っているけど目が泳いでいる。すごい演技だ。
マグダ
そしてこの子供達を殺す一連のシーン。やはり母親強しというのを演出したかったのだろうか。圧巻だわな。外で待つ父親と対照的なマグダの凛とした態度。
何と言うか、「母親としてせめて自分の手で」という義務のようなもので自身を追い込み、他の者を入りこませない気迫がある。
演技がもう。淡々と作業し、部屋から出た直後にへなへなと座り込むシーン。
心配する夫には見向きもせずスッと立ち上がるとカツカツとすごい勢いで歩き出し、お酒をあおるのかと思いきやトランプを手にとんでもない勢いでカードを切るシーン。言葉にならないよ。
んでここまで気丈な女性というのを見せておいて、総統には最後、「逃げてくれ」と泣きじゃくってすがりつくんだな。このコントラストがまた、何ともいえない演出だ。
愛国的か
愛国的な描写が云々という話も聞いたけど、許容範囲内。
確かに 「ほうら、私達もこんだけ苦しんだんですよ。そりゃ加害国ですが、他国同様こんな悲惨なことがあったんですよ。かわいそう、悲しすぎる!全ては戦争のせい、ヤですよね戦争って本当に。悲劇ですよ」的な、いわゆるパトリオット要素はかなりある。
「ドイツ=完全悪 or ボロ負け」でなきゃならないというお約束からは外れてるんで、ケッと思う人もいるんだろう。でも言われる程、気にならなかったよ。自分が日本人で、小さい頃から加害国日本のドラマなどにどっぷり浸かってそういう描写に慣れきってるせいかもしれない。
しかし手術のシーンはすごかった。文字通りギコギコやってるし…
そして物凄く退廃的。破滅へと突き進む様子、酒&饗宴。狂気だな。かと思えば落ち着いた食事風景。怒鳴りあい、煙草スパスパ、外の激闘、笑顔で話す人々。
「散歩に行きましょう」にはまいったよ。何か本当に狂っていると思った。
しかしあの地下。あの時代のドイツの技術は凄かったらしいけど、換気とか大変だったろうに。窓がないのに煙草で霞み、お酒に洗濯物。……空気想像して息詰まりそうだったよ。
強烈なショック
ところで数年前、あるドキュメンタリーを見て思いっきり引いたことがある。というか衝撃のあまり固まって画面の前で呆然としていた。
戦時中はナチス一員だった、それなりの年齢の女性へのインタビュー。ナチスのしたことが自分にはどうしても現実として捉えられないというようなこと言っていた。
自己防衛のための正当化という感じではなく、一見するとどこにでもいそうなおばさんが、ソファに座りまるで普通のことを話すかのように語っていた。曰く、
戦後いろんな映像も見たし、本も読んだ。アウシュビッツで何が行われたかも聞いたが、どうやっても本当のこととは思えない。自分で実際に目にしていたものとあまりにも違いすぎるのだ。テレビなどで見る映像はどこか夢のような別世界の気がする。メディアの伝える情報を作り物だ嘘だと否定するつもりはない。ただどうしても現実にあったこととは思えない
と語っていた。
自分の目で見てきたものと人の語ることが一つに結びつかない、ただそれだけのことなのよと、穏やかながらもあっさり言い切る姿に絶句した。
映画最後の部分を見てて 「あっ!」 と思った。前に見たインタビューはこの人だったんじゃなかろうかと。原作者の一人、トロウデルさんだったのではなかろうかと。
もしそうであるなら……この映画を見て、一つに結びつけられなかった理由が何となく分かったような気がするよ。あの中にいたんじゃ結びつけるのは難しいのかもしれない。
終わりに
あの時代をあそこで生き、作中に登場するまだ生きている人達は、この作品を見たいと思うんだろうか。
このヒトラーを、出てくる人々をどういう思いで見るんだろう。「史上最も似ている」と言われるこのヒトラーを、一体どういう思いで見るんだろうか。
「映画」は娯楽というけど重い。重すぎる。見たあとに無性に泣きたくなる作品。こんなに重いのは見たことない。見たかもしれんが、今は思い出せぬ。
これはもう、取り組んだ監督・脚本他スタッフ・俳優の仕事っぷりと勇気を心から尊敬する。
(2005年3月の感想)
映画感想シリーズ
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