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加藤陽子『天皇と軍隊の近代史』よんだ
加藤陽子氏のこの本は2020年初頭に購入している。
しかしその後、コロナ禍やら色々あって積ん読になってしまっていた。
そして著者も日本学術会議のあれこれで忙しかったようである。
加藤氏の政治的立ち位置については賛否両論あろうが、氏の著書については面白く読ませていただいてきたことは否定しようがない。
昭和初期日本の軍と政治を専門にされており、また政治的には左寄りではあるが、著書は極めてフェアな視点で書かれていることは何度でも強調しておきたい。
とはいえ先に述べたように日本近現代史の本はこの1年ほどは積まれるに任せてきたというのが実情だ。
しかし最近やはり読まなくてはいけないと思うようになった。
最近あの人達が、東條英機や武藤章や東郷茂徳らに開戦責任を全て押しつけて、戦後のうのうと生き延びた参謀本部の幹部らと重なってしかたない。
— はむっち@ケンブリッジ英検(CPE) (@bosuzaru40) August 27, 2021
マガジン限定記事「要だし急」|白饅頭 @terrakei07 #note https://t.co/qFf16vlMbe
このツイートの「あの人達」が何者かは、白饅頭さんの記事を読んでいただければわかる。
それはさておき本書『天皇と軍隊の近代史』であるが、別個に書かれた論文を集めたものである。しかし大きな流れはあって、タイトルのとおり、天皇制と軍の緊張関係についてである。
よく言われるように、大正から昭和初期にかけて軍部に余裕がなくなったという問題がある。これは一つには明治憲法がよく言って分権的、悪く言えばいい加減だったことによる。明治の元勲らがうまく回してきた時代は良かったが、昭和初期には西園寺公を除いてみな他界すると非常にややこしいことになるのである。
さらに第一次世界大戦以降の総力戦体制である。総力戦を前提にするならば、政治は政治、軍は軍とはいかなくなる。外交や戦略物資の調達など、一体化して戦争指導をしていかなくてはならない。こうなると明治憲法はいかにも融通が利かないし、機関としての天皇と生身の人間としての天皇との相克もあらわになる。北一輝を典型として、ある種の天皇軽視の風潮も出てくるのである。これにはもちろん、昭和帝が若くして即位したこともある。
北一輝つながりでいえば、藤井斉、磯部浅一、村中孝次ら天皇親政を目論む国家社会主義者たちが、実は共産主義者と関係を持っていたという、最近明らかになった事実も天皇の立ち位置の分裂を示しており興味深い。
陸軍省と参謀本部、海軍省と軍令部というように、軍政と軍令の分離はもちろん西南戦争などの反省からである。軍人を政治から遠ざけておくことには理があるし、現代でもシビリアンコントロールの原則が重視されているのはご案内のとおりだ。コロナ禍において、医療の専門家が政治に口出しすることを嫌う人々がいるのもこれに近い論理であろう。
軍政と軍令の分離、つまり統帥権の独立は総力戦体制では非常に不都合になるのは、先にも述べたとおりである。また軍部の台頭を許す要因にもなった。統帥権を有するのは当然天皇であるから、その名のもとに軍部は横車を押すことが可能になったのである。そして生身の人間としての昭和帝に軍部を掌握する力はなかったので、最終的には昭和帝を崇敬し、陸軍に睨みの効く東條英機に大命が降るのである。
いつまでもバラバラでは総力戦を戦えないので、連絡会議として設置されたのがかの有名な大本営である。さらに東條英機が首相と陸相に加えて、参謀総長まで兼務する。それでも最終責任者が誰なのかよくわからない体制は最後まで続き、ポツダム宣言受諾にも一悶着あったわけである。これは戦勝国側にとっても問題で、国民と指導者を分離し、後者にのみ責任を負わせることで前者を安心させ無条件降伏を呑ませようとしたのだが、指導者が誰なのかよくわからなかったのである。誰がどうみても戦争指導者だったヒトラーやムッソリーニに全ての責任をなすりつけて戦後を歩んだドイツ・イタリアと、「国体」が護持されたままの日本との違いでもある。
というようなことが一次資料をもとに延々と書いてあって、読むのにとても苦労したのであった。
日露開戦の原因の突っ込んだ研究、第一次大戦でドイツから中国利権をぶんどるのは法的にはかなり無理があったこと、アメリカが覇権を握って中立国の意味が変わったこと、それに関連して日中戦争で宣戦布告しなかったこと、三国同盟と南部仏印進駐にまつわるグダグダ、大政翼賛会と東亜連盟運動などなど、一見タイトルと関係ないこともたくさん記述されていて、そういうのもなかなか良かったです。
特に日米交渉の最大の争点となった満蒙利権の起点となった日露戦について、最初は日本としてはどうでもわりとよかったとか、日本にとって朝鮮半島が死活的に重要であることをロシアはよくわかってなかったとか。なんじゃそらと言いたくなること請け合いである。
そんなわけで、日本近現代史についてある程度の知識がある人なら面白く読めるのではなかろうか。
本書とはあまり関係ないことではあるが、医者って軍人みたいだなあと思った。すぐ高価な薬やデバイスを使いたがるし、自分たちの職務遂行のためにわがまま言うし、そして軍人と違って自分は死なないっていう。
君がミスると患者が死ぬぞ。しかし、君が死ぬわけじゃない。(財前五郎)
— 白い巨塔(2003)bot (@AkiMonsieur) October 31, 2012
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