『無駄だらけの社会保障』読んだ
一部界隈で話題の本を読んでみたよ。
タイトルのとおり、医療などの社会保障にいかにムダが多いかって話が中心であった。
当たり前のことだが、ムダを削ると必要な給付も削られることになる。ここはトレードオフだ。
本書で説明されているムダには、医師でないとできないとされているせいでるものが多い。OTC薬が普及しないのもこのせいである。副作用があるのだから医師の責任の下で処方すべきというわけである。
しかし医師が処方していれば防げた重大な副作用がおこる確率が極めて低いのであれば、社会保険料などのコストは爆発してしまうことになる。つまりわずかな副作用を防ぐための限界費用は発散する。
また先日SNSで某皮膚科医が炎上したような公金ハックの余地が生まれることにもなる。
そうしたトレードオフについて考えるための良書であるといえよう。
他にもいろいろ書いてあったが、公的病院が地方自治体によって損失補填されている問題は、書いている人がちょっとわかってないなと思った。
公的病院が損失を出さないようにがんばって売上を増やしたら、それは医療費の増大を招く。要は税で補填するか、社会保険料が増加するかという違いでしかない。
ただしコストを削減することで損失を減らす方法もある。ひとつは病床数の削減だ。病床を維持するだけで、光熱費がかかるし、またそこに看護師を張り付けないといけないから人件費もかかる。
もちろん維持するだけでは済まなくて、延べ入院日数を引き延ばそうというインセンティブが働くので医療費が増大する。病床稼働率がKPIになっている施設は少なくないと思われる。
かつて私の上司たちが腹腔鏡手術を必死こいて導入しようとしていたころ、さらに上の世代から「そんなに金と時間をかけてどうするんだ」とよく批判されていた。それに対して「在院日数が短くなり、社会復帰も早いからpay offする」と反論していたものだが、いまや病院経営的には在院日数が短いのは正しいことではなくなってしまったのだ。
とはいえ、民間病院はもちろんのこと、公的病院であっても病床削減は容易でない。その辺の苦悩なんかも本書では取り上げられていて好感を持ったのであった。
それから風邪に抗菌薬問題も取り上げられていた。まだそんなことが問題になっているのかって感じだが。。。
風邪、つまりウイルス性の急性上気道炎は、抗菌薬は効かない。ほとんどの抗菌薬は細胞膜に作用するので、細胞膜をもたないどころか細胞ですらないウイルスに効くわけないのである。
また外来で頻用される経口セフェムは細菌性の感染症にもほとんど効果がないことが知られている。というか最近の若い医師は啓蒙が行き届いているのでそんな処方をすることはない。
ちなみにその啓蒙活動を主導したのが、一部ではすごく嫌われている岩田健太郎先生である。
まあ啓蒙されてようがされてまいが、外来で抗菌薬を所望する患者さんに対して、無効であることを時間をかけて説明しても、売上が増えないばかりか、好感度が下がってしまうので、さっさと処方してしまったほうがラクだという理屈は理解できなくはない(もちろん賛同はしない)。
なにがムダでなにがムダでないか難しいし、ムダとわかっていてもどうにもならないことも多い。そしてあーだこーだ議論している間にも労働者の賃金は搾取され続けるのだなあという諦念とともに読了したのであった。