「たすけて」といえた相手はSNSの人でした
強く生きることを求められる時代に
Planetというとってもとってもマイナーで、やさしいSNSアプリがあることをご存知だろうか。
2016年公開の「リップヴァンウィンクルの花嫁」という映画のなかで登場人物たちが使用したSNSを実用化したものである。
事前に抽選で当選した人と、その当選者には3人まで招待枠が与えられており友人を招待できる(現在も招待は可能)。
劇中、Cocco演じる真白に「マイナーなSNS」と紹介されるも、「チャンオクの手紙」「ラストレター」と、その後発表された岩井俊二監督作品に幾度となく登場。
スタートは忘れもしない2016年5月9日。Planet roomというたったひとつのチャットルームのタイムラインで当選者(おそらく100人前後)がいっぺんに好きなことを話し出す、という特殊な時間が生まれた。
「はじめまして。よろしくお願いします」と、誰かの自己紹介が読めないスピードで流されていき、その誰かの自己紹介に反応しようとしたところで、すでにその相手は画面から消えている。
(挨拶をすればきっと誰かが読んでいるはず…)の思い込みによってことばを吐くと、憶測のなかで発信をした不安定なことばに返事がきた。
奇跡か! なんだ、このうれしさは。
やがて、ただの空気を読みながらのピンポンが会話になりはじめ、コミュニティが出来上がっていく。
それはまるで脳のシナプスがぷちぷちと音を立てて繋がっていくかのような体験だった。
赤文字さんは公式アカウント(通常は緑文字)。
黒木華さんことカムパネルラさんが通称カムちゃんとしていまだにチラっと遊びに来てくれるサプライズも醍醐味。
岩井監督ことパスカルさんは謎の大阪弁で登場するのがお約束。
そしてわたくし、Planet名をぷーと申します。
Planetという空間のなかでは、実在する相手の容姿や肩書きはもちろん、社会の中の名前も必要ない。どこの誰かなんて意味がない。
たったひとつの映画だけが共通点。
でもこのたったひとつの共通点からはじまった繋がりが、その後ものすごく強い引力で、わたしの元へ様々な人と縁を連れてくることになる。
「あなたは子どもを育てたことがないから、我慢が足りないのよ」
父やっさん、認知症。母、うつ病。わたし、介護離職。が、現実的になろうとしていたころ、いろいろとやっさんのことを相談していた相手に、笑いながらそう言われたことがあった。
(は? いま、なんつった?)
毎日必死になってやっさんと対峙していたことのすべてを根こそぎ否定された気持ちになってひどく傷ついた。
たしかに自分は結婚をしていなければ子どもも産んでいない。
ひとりの時間を謳歌してきた。それだけなのだが…。
どういう流れで、そのことば出てきた? 誠に遺憾なんですけど。
子育てを経験していたら、こんなに苦しい思いをしたり泣きわめくこともなかったの? 母親ってそんなに無敵?
それ以来、誰かにやっさんのことを相談したり、家族の話をするのが怖くなった。
やっさんのことを相談するということは、自動的に母の様子にもふれなければならない。
大きく括ると一個人の家族の話、ひいてはわたしの人生の話、これからどうやって生きていったらいいかという話でもある。
しかも具体的には「今すぐに助けてほしい」という厄介な願いも含まれるから、自分でいうのもなんだがとっても重い相談になってしまう。
大切な人に関係のない家族の重荷を背負わせるわけにはいかない。そう思うとますます誰にもいえなくなった。
同世代はまさに子どもを生み育てている時期で周りに親の介護をしている人なんていない。
「ランチ、パスタでいいかな?」のテンションで「うちの父さん、ボケちゃってさ」とはいかないのだ、残念ながら。
リアル介護RPGではじめて仲間を得た話
昔からの友人にもなかなか言い出せず、完全に積んでしまった自分は、唐突にある人に助けを求めた。
Planetで知り合ったハンドルネーム・エレウテリア(通称・エレちゃん)。なぜエレちゃんだったのかは“直感”としかいいようがない。
ふだんのツイートを見るかぎりエレちゃんが介護職であることは知っていた。すでにPlanetで1年ほどやりとりをしていたが、お互いがどんな人物であるかは想像でしかなかったはずだ。
やっさんとの介護生活でギリギリメンタル=ギリメンの自分が送ったTwitterのDMを紹介する。今読んでいても混乱度がハンパないのでご容赦願いたい。
もはや相談でもなんでもなく、100%まるごと全部グチでしかない(涙)。
そんなDMに対してエレちゃんはすぐに返事をくれた。しかも内容が驚くほど的確で、まさにそのとき欲しかったことばが溢れていた。
労いと励まし……すぐそばで言ってもらっているかのように身体中に響いて家のなかで「エレちゃーーーん!」と叫びながらおよよよと泣いた。
ただ認めて欲しかったのだ。
正解か不正解かわからないまま「どうにかしなければいけない」という曖昧な気持ちだけで保たれていた自尊心を、認めて欲しかった。
具体的にエレちゃんが提案してくれた方法をあげる。
①デイサービスの利用検討
②老健さん(介護老人保健施設)に申し込む
③グループホームを探す
いくつか試していくなかで、現状を変えられるような光が見えたり見えなくなったりした。けれど、肩からドスンと重りがとれた気がした。
眠れるようになった。ごはんがおいしくなった。
PlanetというSNSによって、地図を手に入れ、仲間が加わり、鍵を見つけた。
エレちゃんだけではない。
買い物の帰り、田んぼの真ん中で沖縄なまりのつつじの声を聞いたときの安心感といったらなかった。
「このまま死んでしまったらどんなにラクだろう」と本気で考えたときにLINEでなだめてくれたサッさん。あなたに救われました。
東京に戻ってすぐに飲みに連れ出してくれたseven、ドラン、あのときはお酒の勢いあまって急に泣き出してごめん。
すべてのPlanetの民に出会えたことを感謝している。ありがとう。
冒頭で紹介した「リップヴァンウィンクルの花嫁」という映画は、風に流されるように人と出会い、つながり、連れて行かれたその場所で自分のできることをしているうちに、あれよあれよと別世界へ運ばれてしまった女の子のものがたりだ。
人はだれかを巻き込み、巻き込まれて生きている。
たとえそれが自分の意志とは真逆の方向へすすんでいたとしても、巻き込んだ側の人間の人生の一部になるなんて、ちょっと面白いじゃないか。
そう思えるようになったのは、映画の、Planetの、そのやさしさに救われたからだとはっきりいえる。
こうして、本当の意味でやっさんの介護生活「冒険の旅」がやっとスタートしたのだ。