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奄美のナイトカヌーに乗って満天の星空に溶けながら考えた「役に立たなくてもここにいていいよ」について
濃密な週末でした。
金曜は5年前からやっている病院事務職のためのエンパワーメントイベント「イケてる事務方ネットワーク2018大阪」で登壇者や参加者の皆さんから知恵と勇気をもらって盛り上がり、
土日2泊でコルクラボ の夏合宿で訪れた奄美大島で(鹿児島育ちなのに人生初の奄美大島)、ナイトカヌーに寝そべりながら得た宇宙的な体験と、そこからバンクシュート気味に内面の体験と、、、
昨夜、東京に帰ってきてからのゆうこすゼミ(SHOWROOMの前田さんゲスト)でSNS上で「コアなファンを増やす」ことについて学びを深めて、
いまここ。
それぞれ個別にnote書くのですが、今日は丸っと今の心境を。
結論めいた気づきを先に書くと、、、自分の場合(あくまで自分の場合:後述するメンタルモデルとの対応が大事なので、全く一般的な話でないではないです。ご注意を)
「大活躍しなくても、役に立たなくても、そこにいていい」を自分に許すと、人との関係性が変化する
ということ。もう少し具体的に書くと、
1)役にたたなくてもいい、を自分に許すと、人にも優しくなる
2)役に立たなくてもいい、を自分に許すと、子供を見る目が変わる
3)子供は「自由に振る舞う、自由にただそこにいる」の先輩&お手本(先生)
4)他の人の人生のディテールで、ひとは自分に気づく
5)役に立とうとしないことで生まれる会話がある
6)役にたたなくちゃ、とあせらないことで生まれる関係性がある
7)生産性の呪縛
8)なぜ遊びと仕事は分けて考えられているのだろう
な、感じ。
先日、自分にはややこしいメンタルモデルがある、と書きました。
おさらいすると、
相手の想像を超えて大活躍しないとそこにいてはいけない(「死ななければならない」)
代官山リトリート、という身近な仲間たちとトライしたスモールビジネスの集客を通じてそのメンタルモデル発動に気づき、仕事や私生活でクリアしてきた課題にまた向き合う感じで、そのことを考え、そして気づきました。
「メンタルモデルに振り回されるのは、もういいや」と。
そしてその字面通り、メンタルモデルを逆にとって「相手の期待を超えた大活躍ができなくても、生産性が低くても、コスパが悪くても、極論、何の役に立たなくても」そこにいていいよ、と
自分を許す
ことに意識を向けながら、「そこにいていいよ」という言葉をいつも持ちながら、上記のイケ事務、コルクラボ 合宿、ゆうこすゼミを過ごしました。
そこで得た周囲の人たちとの関係性や反応が、これまでの自分が得てきたものとは微妙に違うことに気づいたのです。それが先ほどの1)〜8)の気づきでした。
(奄美の海岸で拾った貝殻たち。子どもたちに引き取られていきました^^)
まずイケ事務、「真面目な事務職の不真面目な場」を作りたくてやってます。毎回メインファシリをやらせてもらっているのですが、今回は全くタイムスケジュールを準備せず、流されまくるのはいつものことなのですが、ちゃんとやろうとしませんでした(共同発起人の三本さん、参加した皆さん、ごめんなさい、、、)
それでもインスピレーショントークをしてくれた3者の方々が稀有で挑戦者で新しい価値を病院業界に創出している方々だったので、ファシリがいい加減でも、参加された皆さん、見る限り、衝撃を受けつつ、大きな勇気をもらい、盛り上がって閉会しました^^。
そして、懇親会の席で、複数の方々から、ファシリを褒められたのです。ただ正直であろうとそこにいただけ、みんなの想いや悩みや情熱が、できるだけロス少なく循環するように、行きわたるようにしたいと思っていただけでした。そしてうまくできなくても「そこにいていいよ」と自分に語りかけていただけだったのに。。。
(みんな楽しそう〜^^イケ事務の中でも若手チームですな)
(遠くからのご参加ありがとうございます!)
(職種もいろいろ、バックグラウンドもいろいろ^^)
自分自身が無理せず、正直にいて、ただ喜びと楽しみからそこにあることで、発揮される何か魅力やパワー、機能があるのかもしれません。
自分のメンツやプライドや「格好良く見られたい」「褒められたい」という欲望はほぼ忘れていました。ただ正直に、楽しみたい、と。そしてうまくいかなくても、「そこにいていいんだよ」と。自分を許し続けました。
今回参加者の方々から褒められたことはこれまでとは違う意味を持ちました。自分の今回の場への臨み方、あり方が肯定された気がするのです。この新しい感覚、新しい言葉、自分への受容と寛容それ自体が肯定されたように感じました。
(イケてる事務方ネットワーク詳細は後日、別note書きます^^)
そして東京、羽田に戻って、空路、奄美のコルクラボ 合宿。
同じように自分を許す言葉を心の横におきながら、旅の仲間に合流。馴染みのメンバーもいれば、初対面の人もいる、子供3人含む17、8人での旅でした。
これまでの自分なら過剰に頑張ってしまうこの手のイベントも、最近すっかり幽霊部員の自分は、「合宿にしかこないおじさん」として登場^^。企画や運営には関わらず、ほかのメンバーが考えて準備してくれたメニューにただひたすら乗っかり、楽しみ、満喫して、子どものようにはしゃいでいました(去年のコルクラボ 夏合宿2017はこちら)
(最高としか言いようがない砂浜と青く紺碧の海が広がる土盛(ともり)海岸での男子4名による美しい1枚。ゆっきーありがとう!)
お子さんを連れて参加のゆっきーやサディーを手伝う場面も、ちょっと前までの自分なら、過剰に色々考えたりやりすぎてしまい、きっと相手に「負担感」みたいなものを感じさせたような気がします。または勝手に自分が疲れてしまうパターン。
でも、そうしたくなる(過剰にやりすぎてしまう)自分に気づいたら「役に立たなくてもいいのだよー」と自分に唱えて、したいことだけして、喜びから生まれることだけ手伝い、お子さんたちと一緒に遊んでいました。
そこには世話をする、手伝う、(手が足りない人を)助ける、というなんだか(頼まれてもいないのに)押し付けがましい感覚はあまりなかったように思います。自分自身は全く疲れなかったし。。。
(手長エビのスピードについていけない身の程知らずな自分を知る0.5秒前)
合宿終わって、ゆっきーからポジティブなお礼の言葉と反応もらい、なんだかすごく嬉しくなったのでした。無理してないのに褒められた!頑張らないのに受け入れてもらえた!なんだこれ^^!
コルクラボ はとても面白いオンラインサロンでコミュニティ研究所で、実践の場です。最近自分は幽霊部員ですが、メンバーのみんなが次々と新しい発見や実践を通してますます魅力的な場になっています。詳細はまた後日^^。
奄美のナイトカヌーでの体験も、人生初の体験で初めての気づきがあったので、言語化にチャレンジします。
ゆうこすゼミでも同様。すごく楽に、リラックスしてその場に居られる幸せを感じながら、学びを深めました。最先端の学びの場で、意欲の高い人たちの集まりに参加するとつい気負いがちですが、ダメな自分を前提に全てを許すと、なんだか吸収率もよくなるような、そんな気がして居ます。こちらも詳細はまた後日^^。
冒頭に戻ると、自分自身のメンタルモデルと向き合い、それに振り回されるのを手放すために、「大活躍しなくても、役に立たなくても、そこにいていい」を自分に許したところ、人との関係性が変化した、ことを実感しました。
まだリハビリ?回復改善?のプロセスは途上だろうとは思いますが、自分の場合、この路線で自分に言葉をあげながら、許しながら進んで行くと、なんだかいいところに行けそうな気がしています。
その先には、きっと「モテるじいさん研究」につながる発見がある気がしています。モテるじいさん研究もいろんな気づきがこの4日間であったので、近々note書きます^^!
長文読んでいただき、感謝です^^。
そして探求は続く。
(コルクラボ のみっきーが撮ってくれたヤドカリくん。オカヤドカリかな?)