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レティシア書房店長日誌

クォン・ナミ「ひとりだから楽しい仕事」(平凡社/新刊2640円)

クォン・ナミは、韓国を代表する日本文学の翻訳家です。なにがすごいといって、彼女の翻訳した日本人作家の量です。
糸井重里、井上荒野、小川糸、小川洋子、角田光代、川上未映子、桐野夏生、西加奈子、谷川俊太郎、東野圭吾、益田ミリ、村上春樹、森絵都などなど、まだまだ書ききれないほど第一線級の作家がズラリ。「村上春樹さんのエッセイと、小川糸さん、益田ミリさんの作品は、韓国で私が最も多く訳した。」と著者が語っています。

本書は翻訳業で多忙を極める彼女が、日々の暮らしのこと、娘のこと、そして翻訳業について書いたエッセイです。


直木賞作家桜木紫乃の「硝子の葦」を翻訳した時、桜木の実家がラブホテルを経営していて娘時代に手伝っていたことを知り、著者は同士意識のようなものを感じた、と言います。
「私が15歳の頃、我が家は田舎で銭湯を営んでいた。一歳違いの桜木紫乃と私はほぼ同時期に、ひとりはラブホテル、もうひとりは銭湯で育ったのだ。」
手伝いとはいえ重労働、酷使される日々にウンザリして、いつもざわついている我が家を嫌うようになります。「しかし、毎日男女が遊んで帰った後の汚れたシーツを取り替えて、使用済みのコンドームを捨てなければならなかった少女、桜木紫乃に比べれば、銭湯はまだましだったようだ。」と振り返り、桜木が自分の境遇を踏み台にして羽ばたいたことを賞賛しています。

一人娘の育児や成長の話は何度か出てきますが、自分の育児の終了をこんな素敵な言葉で締めくくっています。
「毎日幸せそうに通勤する姿を見て、やっと私の心にも平和がやってきたようだ。そして、もう完全に”育児”は終わったんだなという気がする。長い間、ごくろうさま。あなたも、私も。」

その一方で、老いてゆくにつれ、やりたくないことはやらないという主義を通し、最低限の道理をわきまえ迷惑のかからない範囲で、世間と距離を置いて生きることを選んでいます。
「もちろん孤独だ。孤独だが、気楽だ。気楽だけど、後ろめたい。こんな生き方をしていてもいいのだろうか?眠りにつく前に自問自答してみるが、朝になって陽が昇ればまた、後ろめたく気楽な孤独を選んでいる。あぁ、こうして頑固な独居老人になっていくのだろうか。」

翻訳家として様々な困難を乗り越え、人生に蹴つまずいては起き上がり、どこか軽やかにステップを踏みながら、ホイホイと進んでゆく彼女の姿が眩しく見えてきます。

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