『方舟さくら丸』 安部公房
ひとり安部公房祭 第七回『方舟さくら丸 』
1984年作
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あらすじ
地下採石場跡に、核シェルターを造った主人公「モグラ」。[生きのびるための切符]を手に入れた三人の男女とモグラとの想定外な共同生活が始まった。だが、そこに侵入者が現れ、モグラの計画は崩れる。その上、便器に片足を吸い込まれ、身動きがとれなくなってしまったモグラ。
書かれた時代背景
1984年と言えば、ジョージ・オーウェル の『1984年 』や村上春樹 の『1Q84 』を彷彿する。
この時代に何があったかと言えば、ロサンゼルス五輪、米ソ冷戦時代でもあり、核保有で互いに威嚇しあっていた時代だ。それでも84年後半から高まる緊張緩和のために関係の改善と事態の打開に向けての動きも出てきたりもした。アメリカはレーガン大統領、ソ連はチェルネンコが最高指導者。
イランイラク紛争は膠着状態。
日本はバブル景気の兆しを見せ始めていた。
流行りの歌と言えば松田聖子やチェッカーズにテレサ・テンと僕の中ではあまり馴染みのない昔のアイドルたち。
そんな時代に安部公房が描いた長編小説はやはり社会風刺、それも国内にとどまらず、世界に広げて彼の鋭いメスを入れている。
テーマ
核抑止力
ナショナリズム
個と国家
産業廃棄物問題
高齢者問題
男女差別
など、ここ最近の時事問題と通じるテーマが多い。
倫理、個と国家とナショナリズム
主人公の「モグラ」は、自分がリーダーとして独善的に「方舟」の乗組員を探してデパートを彷徨いていた。
デパートで出会った露天商の昆虫屋とデパートのサクラ─販売促進員─男女ふたり。サクラに引っかかって昆虫屋からユープケッチャという昆虫の標本を買った。
この昆虫がシュールで、時計の針みたいにぐるぐる回りながら糞をし、バクテリアで栄養素が増えた自分の糞を食べて生きるという一歩もその場から動くことなく一生を過ごすという設定。
偶然の経緯で昆虫屋とサクラと「方舟」での共同生活が始まる。
共同生活相手を探す基準がナショナリズム的選民行動なのだけれど、サクラの男女ふたりは想定外の共同生活者だった。
男3人に女1人。
ドロドロ感満載な共同生活。
男には役割が与えられ、女には与えられない点も興味深い。
その方舟に、実父に雇われた「ほうき隊」と呼ばれる平均年齢75歳、総勢40名弱の老人軍団たちが現れる。
彼らは一列に並び軍歌を歌いながら清掃奉仕を夜中に行う── 今で言う地域のシルバー活動のひとたちが押し寄せてくる感覚なんだろうか。
そんなほうき隊が地下採石場跡に近づいてくる。
すったもんだの末に、モグラはナショナリズム的な発想での共同体が幻想でしかないことを身を持って思い知ることになる。
いつも通り設定がナンセンスだけど意味があるナンセンスさ。
便器は都合の悪いものを全てなきが如しにする役割を果たしており、そこに産業廃棄物をモグラの父親はモグラに流させていたり。
流れていった廃棄物はどこに辿り着くんだって話。水俣病みたいでもあり、また、社会から見放された者たちの行き着く先のようにも思えなくもない。
シュールに描かれた国家の原型のような「方舟」
設定がシュールでユーモア溢れる。
けれど、それらが指し示すものたちは全て現代社会の闇であったり冷戦時代のソ連とアメリカを想起させたり、共同体というものがいかに幻想であるかを突きつけてもくる。
戦後から今のいままで、日本は民主主義と社会主義とが利権で持ちつ持たれつした国家社会主義国的な側面を持つように思う。
ナショナリズムでリーダーを崇拝するよう恐怖によって支配するのがファシズムだとしたら、モグラは幻想国家「方舟」の中でファシストになっていたのだろう。
国家という幻想の共同体は個人と国家との契約というよりも、ごく一部の富裕層と権力者との利害関係の関係性がいつの時代も強い。
その他の選民外は自分でも気が付かないうちにその利権に踊らされていたり、搾取され続ける奴隷も同然かもしれない。
倫理なき経済と国家の幻想
利権で倫理を無視して動く団体といえば国家だけではない。
オリンピック関連やFIFAなど、そこに群がるカネへの欲望は凄まじいものがある。
また、2022年2月24日以降のロシアウクライナ問題と戦争エスカレーション上にある核の抑止力の問題などと重ね合わせてさまざまなことを想起させられる面が多い。
今こそ読まれるべき作品に思う。
その他
母親を強姦した父親と、その結果として生まれてきた主人公。12歳で強姦容疑をかけられたり。
安部公房のエディプス・コンプレックスが結構濃厚に出ているような作品にも思える。
安部公房は女性に対してかなりコンプレックスを抱きながら男女の関係性を描いているように本作のみならず感じる。
安部公房の満州でのことや生育過程などもう少し知りたい。