されど昭和 ある一つの魂の記録 1
昭和二十一年頃、特攻隊から生還して来て、○○に再就職して丁度一年の頃、母と弟(二人)と妹(三人)と、毎日の生活に生きる望みを失ひかけしとき、ある本にあった各言葉を見て感じるものがあり、写したものを今更に書き改めた。
その頃の生活との斗ひを思ひ出しながら。
誰の言葉か知らず
笑へ
笑へ 高らかに 悲しめる人よ 希望を失へる人よ 何故泣くのだ
何故空を見ないのだ 空を仰いで笑はないのだ
消えて行く笑聲の中にこそ希望の光はあるのだ
無限の喜びに浸る事が出来るのだ
悲哀の極みに絶望のどん底に人は笑ふ事を忘れてしまふ
無理もない それが弱い人間のほんとうの姿かも知れぬ
しかし 永久に笑ひを棄てる事が出来るだらうか
打たれても 蹴られても 突き落とされても
人は何処かに光を求めて止まない
又、かくあらねばならないのだ
だから私は言ふ
高らかに笑へと
笑ひの中にこそ喜びを見出し得るのだ
一條の活路を開き得るのだ
笑によってのみ朗らかに尊く生きる事の出来るもの
それが人間なのだから
人が世に出れば其処には幾多の艱難が横になってゐる
耐へきれぬ困苦の重荷に呻吟せねばならぬ
かかる境地にありて猶前進し得る武器に一に笑ひである
腹の底から出る精力の躍動である
故に我らは飽くまでも笑わばならぬ
笑を忘れてはならぬ
いかなる逆境にありても猶笑ひ得る力を心を
鍛へ上げねばならぬ
笑へ 高らかに
君の下に幸福が微笑んでゐるではないか
希望
高山の嶺より大海原を眺めると水天彷彿たる海は太陽の光を浴びてのたりのたりと飽くまで沈黙を守ってゐる。
水平線萬里の彼方には美しく住みよく新しい楽土がある。
しかし航海中には風波が荒れ、晴雨は定まらず陰鬱な日が多く、航海者をして難渋せしめるやうな舟路ばかりである事を指示してゐる。
そして今下の港より舟乗りは出舟の支度を急いでゐるのである。
水平線の彼方へと彼等はさう思って舟を進めてゐるに違ひない。水平線の彼方には又水平線があり、その向こふにはまた水平線があり、彼等の目から海が離れる時はない。
しかし萬里の彼方、萬難の後に到達し得るのは何であろうか。誰にも分かってゐないのだ。凡てが新しい世界、新しい發見であらう。