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マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【6】
【5】まで書いた所で、あら?<昭和初期篇>とか言いながら、例に挙げた作品は、ほとんど<中期>じゃないのと気づきました。
今回は、襟を正してばっちり<初期>です。というか、戻りすぎて、やや<大正末期>にかかるかもしれません。
渡辺温(1902ー1930)
筆名だと、わたなべ「おん」
本名だと、わたなべ「ゆたか」
と読みます。
これまで紹介してきたマイフェイバリット推理作家さんたちと同じ時期に生まれてきた人ですが、没年からわかる通り、夭折の作家なので、必然的に残された作品たちは<昭和初期>の生まれということになります。
実兄の渡辺啓助(1901ー2002)も推理作家として有名です。
2019年には<中公文庫>より、「ポー傑作集 江戸川乱歩名義訳」というこの兄弟による共訳本が復刊されています。
(ポーに乱歩に渡辺兄弟って、盆に正月に何かの祭りか)
※追記:名義のみで、乱歩は翻訳に関わっていないようです。しかし、文庫巻末には、乱歩と谷崎による渡辺温を悼む随筆が収録されています。
渡辺温は、編集者の傍ら探偵小説(短篇)を書いてきた人物で、短い生涯でありながら、その後のミステリ界に強い影響を与えるような名作を多数残しています。
(谷崎潤一郎に原稿を催促しに行った帰りに、踏切事故で突然亡くなりました)
日本でありながら日本でないというか、<竹久夢二>や<宮沢賢治>のような異国の雰囲気がその作品世界に漂っています。お洒落というか、モダンというか。
それでいて不気味な味わいもあって、探偵小説の舞台装置としてたまらない風情を感じるのです。
例えば、「可哀相な姉」
これは、1927年(昭和2年)の作品なのですが、グロテスクな設定と筋書なのに、どこか浮遊感があって、読んでいると、頭がぼうっとしてどこか別の世界に迷い込んだような不思議な感覚に陥ります。
他にもいろいろ、<青空文庫>に充実してありますので、まとめて貼ります。エイッ!
私が最初に読んだ渡辺温作品は、この「可哀相な姉」でした。
とある雑誌の連載(←別の機会にまた詳しく)で取り上げられていて、そこで読んでファンになったのです。
その時の衝撃。こんな探偵小説があるのかと、びっくりしてその作者のことをあれこれ調べたことを覚えています。
しかし、その当時は<青空文庫>もなく、ちょっと大きめの図書館にでも行かないと読むことができない状態。
他の作品も読みたいなあと思いながら、叶わないまま時間が過ぎていきました。
そして、2011年8月26日。
渡辺温の誕生日に、<東京創元社>が粋なことをなさいます。
<創元推理文庫>より渡辺温全集「アンドロギュノスの裔(ちすじ)」が復刊されたのです!
座布団百枚!
前述の「可哀相な姉」の他、何といっても全集ですから、残された全部読める訳です。
嬉しかったなあ。
とはいえ、最初に読んだ「可哀相な姉」がとても強烈な読書体験だったので、筆頭で思い出すのはやはりコレですね。
口がきけない「姉」と彼女に育てられた実の弟ではない「弟」の物語。
肺病に冒されながらも、「花」を売り、健気に弟を育てる姉は、沈殿した泥のような執着で、唯一の愛情の対象である弟を縛り付けている。
弟がそこから解放されるために起こした完全犯罪。
とにかく姉が可哀相であることに違いないのですが、ラストの妙な清々しさというか「赤いランプ」の美しさに触れたくて、何度も読んでしまう作品です。
それから、もう一つ。
「兵隊の死」という作品について。
これはものすごく短い短篇ですが、ラストの鮮烈さが見事で、読み終えた後も余韻が長く残るお話です。
牧歌的な中に起こる悲劇。
なんだか、事故で突然亡くなった渡辺温の運命を示唆しているような感じもして切ない気分になります。
もし、この人がもっと長生きいていたら、どんな名作が生まれていたんだろう。後に残された乱歩も谷崎もみんな思ったそうです。
そりゃ思いますよ。
それくらい天才。
私もその名作を読みたかったです。
(続く)