盆緑

大正末~昭和初期にかけての<探偵小説>のファンで、それについての雑文(時々、小説)を書いています。 科学的捜査も未発達な時代、血痕があれば血液型を調べ、指紋が取れたら肉眼で見比べ、…そんなアナログ感がたまらない。結末がわかっていても、また読みたくなる古の<探偵小説>が好きです。

盆緑

大正末~昭和初期にかけての<探偵小説>のファンで、それについての雑文(時々、小説)を書いています。 科学的捜査も未発達な時代、血痕があれば血液型を調べ、指紋が取れたら肉眼で見比べ、…そんなアナログ感がたまらない。結末がわかっていても、また読みたくなる古の<探偵小説>が好きです。

最近の記事

指紋のロマン

江戸川乱歩をして "日本探偵小説の祖" と言わしめた三人の作家がいます。 それが、芥川龍之介、谷崎潤一郎、佐藤春夫、の御三方。 今回は、その中の一人、佐藤春夫が残した摩訶不思議な探偵小説… 「指紋 私の不幸な友人の一生に就ての怪奇な物語」についてのお話を。 ※「怪奇探偵小説名作選4 佐藤春夫集 夢を築く人々」日下三蔵 編(ちくま文庫)に収録されています。 初出は、「中央公論」大正7年7月増刊号。 乱歩のデビュー作「二銭銅貨」が、大正12年なので、おそらくというかほぼ間違

    • 酷暑の読書

      天気予報によると、今日は30℃超え。 わかってるのか、10月だぞ! 2024年は本当にお暑うございました。 気分転換に本でも…、というか、本を読もうという気にもならず、なんとか手に取って頁をめくっても目の上を文字がすべるばかりで内容が全然頭に入ってこない。 脳みそも煮える暑さ。 ハァ。 そんな中、唯一集中して読めた本がありました。 「武田泰淳異色短篇集 ニセ札つかいの手記」(中公文庫) 嬉しそうにネコチャン(この子が噂のタマちゃん?)を抱き上げる泰淳さんの表紙です。 奥

      • 私の読書の先生(補足)

        「一九三四年冬―乱歩」に登場する実在の作品・作家を抜き出してみました。 こんなに多いんです! 多過ぎるんで、漏れがあるかもしれません! ご勘弁! (随時、追加・修正します) <作家/著作>◆江戸川乱歩 「二銭銅貨」 「パノラマ島奇談」 「陰獣」 「悪霊」(中断) 「人間椅子」 「押絵と旅する男」 「人間豹」 「恐怖王」 「一枚の切符」 「目羅博士の不思議な犯罪」 「蜘蛛男」 「魔術師」 「指環」 「黄金仮面」 「疑惑」 「心理試験」 「鏡地獄」 「火星の運河」 「芋虫」 「

        • 私の読書の先生 (続き)

          上の記事の最後で、久世光彦 著「逃げ水半次無用帖」について少しだけ触れました。 今回は、それを読んで思ったことについて書きます。 と、その前に、「一九三四年冬―乱歩」に出てくる一節をちょっと引用。 最初にこの部分を読んだ時、私は、自分が理想とする探偵小説の定義(要は自分の好みの探偵小説の系統)が端的に、しかも美しくまとめられていることにえらく感動してしまいました。 (乱歩の名作「孤島の鬼」とかまさにそう) 上記の一節が書かれた「一九三四年冬―乱歩」には、「梔子姫」という

          私の読書の先生

          よく「本が本を産む」と言いますが、私の本棚で特に多産の一冊があります。 それの本とは、久世光彦 著「一九三四年冬―乱歩」!! 1993年に<集英社>から発刊され、後に<新潮文庫>と<創元推理文庫>から文庫版が出ていますが、2024年現在はいずれも絶版で、電子書籍のみのようです。 (名作なのに!) 久世光彦さんは、元TBSの鬼才の演出家。退職後も制作会社カノックスの代表として、数々の名作ドラマを手掛けてきた人物です。 代表作としてよく挙げられるのは「時間ですよ」シリーズや

          私の読書の先生

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【9】

          世界初のミステリ作家は、エドガー・アラン・ポー(1809-1849)だと言われていますが、それなら、女性で初めてミステリを書いたのは一体誰なのか? 調べてみると(Wikiですが)、アンナ・キャサリン・グリーン(1846-1935)ともシーリー・リジェスター(1831-1885)とも言われているそうです。(三人共にアメリカの人ですね) 世界初の女性ミステリ作家については、研究者の間で意見がわかれてはっきりしないみたいですが、日本における初の女性ミステリ作家はこの人だとほぼ確定さ

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【9】

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【8】

          どちらかというと、探偵小説より科学小説の分野で有名で、現在では<日本のSFの祖>と称されているこの方… 海野十三(1897-1949) 大学で電気工学を学び、逓信省の電気試験所に勤めながら小説を書いていたという理系の作家です。 役所は副業禁止だったようで、身バレしないように海野十三以外にもペンネームを多数使用していたそうです。 調べると色々出てくるんですが、個人的に私が好きなのは、蜆貝介という名前。なんでしょう、このそこはかとなく漂うユーモアは。 現在出版されているものは

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【8】

          ミステリとして読んでいる本

          ジャンルとしてそう言っていいのかわからないけれど、個人的に<ミステリ>と思って楽しんでいる本があります。 それは何かというと… 蓮實重彥 著『伯爵夫人』シリーズ!! 突然どかーんと発表されて世間の度肝を抜いた『伯爵夫人』(2016年)。 それで終わりかと思いきや、数年の時を経て、月刊の文芸誌『新潮』にその後を描いた短篇『午後の朝鮮薊』(2023年10月号)が掲載され、つい最近も『アニー・パイルと「イサイ フミ」』(2024年8月号)と続篇が来たので、勝手にシリーズと呼んで

          ミステリとして読んでいる本

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【7】

          探偵小説というより、伝奇小説や時代小説の名手としてのイメージが強いかもしれませんが、今回取り上げるのはこの方。 角田喜久雄(1906ー1994) かくいう私も、最初に読んだ角田作品は「髑髏銭」という伝奇小説でした。 隠された財宝をめぐってなんやかんや巻き起こる、ハラハラドキドキの冒険活劇。 子どもの頃に読んでいたら、ごっこ遊びをしちゃうようなお話です。 私は昔から、この<講談社大衆文学館>が大好きで、古書で見つける度に買っては、大正昭和のエンターテインメントの空気に浸

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【7】

          『O駅の隙間女』第8話(最終話)

          8.レコードが終わるまで 傘を持って喫茶店に到着した時には、すでに辺りは薄暗くなり始めていた。 扉に<準備中>の札が出ている。傘を表に立てかけて帰ろうとしたが、窓から灯りが見えた。 そっと扉を開くと、カウンターにマダムが一人座っている。 私に気がつくと、笑顔でいらっしゃいと迎え入れてくれた。 ――また、レコードが終わるまでお話しましょう。 と、マダムはあのレコードアルバムをセットする。二人だけの店内に優しい音楽が流れ出した。 ――実は、あなたとは、昔々に会ったことがあ

          『O駅の隙間女』第8話(最終話)

          『O駅の隙間女』第7話

          7.伝言板と公衆電話 駅に戻った私は、帰りの電車の時間を確認するために時刻表を眺めていた。 まだ余裕があるので、傘を返すついでに珈琲も飲めそうだ。まずその前に、ビジネスホテルに荷物と傘を引き取りに行かなければならない。 時刻表の隣の掲示板には、この夏の花火大会の告知ポスターや詐欺防止の啓発ポスターなどが貼られている。 順番に眺めていたら、一番隅の目立たない場所に、全体が色褪せて罫線も剥げてしまった小さな黒板があることに気づいた。 伝言板である。 まだこんなものが残っていると

          『O駅の隙間女』第7話

          『O駅の隙間女』第6話

          6.駅の裏の沼 私は、今日ここを発ったらもう二度と来ることはないであろうO駅を最後に見ておこうと思った。 だだっ広くて古い駅舎は、正面のロータリーに面した所にあったパン屋がコンビニエンスストアになったくらいで、子供の頃からほとんど変わっていない。 入って右側に券売機と案内所、正面に改札、左側に問題のコインロッカーと待合所。しかし、コインロッカーは既に撤去されており、現在は掲示板として使われている壁があるばかりだった。 待合所は、扉も当時のままで変わっていない。 私は、かつ

          『O駅の隙間女』第6話

          『O駅の隙間女』第5話

          5.守秘義務 私は、タクシーで不動産屋に向かうと、手早く売却の手続きを済ませてとある場所へと向かった。 Jちゃんにゆかりのある人物を一人、思い出したのだ。 その人は、私たちの同級生だったEさん。 彼女は歯科医院の娘で、現在は父の跡を継いでそこの院長をしている。中学時代は顔見知り程度でゆっくり話したことはなかったが、Jちゃんと同じ女子高に進学したということは覚えていた。 私は、高校時代のJちゃんを知る人物の話を聞いてみたかったのだ。 突然の訪問にEさんは驚いていたが、私の

          『O駅の隙間女』第5話

          『O駅の隙間女』第4話

          4.人形の家 結局、レコードの曲が全部終わっても雨がやむ気配はなかった。 長居し過ぎるのも悪いと思い店を出ようとすると、マダムが傘を貸してくれた。お礼を言って店を出る。 本当は、今日の夕方に不動産屋で手続きを終わらせる予定だったのだが、向こうの都合で明日に延期になってしまった。 駅前にある古いビジネスホテルに宿を取り、今夜はそこで休むことにした。 狭いシングルルームには、シーツの硬いベッドと小さな机がある。机の上には小型のテレビ、下には飲み物用冷蔵庫。入口のドアのすぐ脇

          『O駅の隙間女』第4話

          『O駅の隙間女』第3話

          3.幽霊と覗き穴 ――デューク・エリントン楽団の「ロータス・ブロッサム」という曲です。<蓮の花>という意味ね。ビリー・ストレイホーンという人のジャズの名曲なんですよ。 カウンターを挟んで座ったマダムは、私に今流れている曲の説明をしてくれた。 少し前から降り出した雨が外の喧騒を消し去り、店内は甘美な音楽で満ちている。 マダムは厨房に向かって今日はもう大丈夫よと声を掛けて表の札を<準備中>に返すと、まだゆっくりして行って下さいと言うように私に軽く頷いた。もう閉店時間のようだ

          『O駅の隙間女』第3話

          『O駅の隙間女』第2話

          2.古い喫茶店 二〇二四年。 Jちゃんが消えてから三十年が経過した。 大学進学を機に地元を離れた私は、そのままその地で仕事を見つけて一人暮らしを始めた。 小学生の頃に夢見た線路の先には、ビルも海も確かにあったが、思っていたほど愉快なものではなかった。 とはいえ、窮屈な地元にいるよりもずっと快適だったので、ほとんど帰省もせず、自由気ままに自分だけの暮らしを楽しんでいた。 今回の帰省は、実家の土地を処分するためだったのだが、数えてみると二十年振りだった。 既に家族はおらず

          『O駅の隙間女』第2話