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4人の愛人と暮らす私 Ⅲ



2024年 12月初旬



私は、寒さも厳しくなり始めを感じる
この頃、毎年のように玄関で待つ時間が多い・・・



今日来るのか、明日来るのか、
わからない来訪者を心待ちにしている。



毎年、何か連絡があるわけでもない。
その来訪者が、来たい時に来る。
私はただ、その”きまぐれ”を、
楽しんで待つ・・・ただそれだけだ。



ブオォォォ~~~ン!




腹に響く重低音、
鼓動のようなリズムを刻む排気音、

前に教わったけど、
ヨシムラサウンドというらしい。

ヨシムラマフラーというのを
つけているそうだ。



”ブオォォ~~~ン!バァ~~~ン!!”




独自の低音と高回転時の鋭い音が聞こえる。
「この走りこそ、音楽なのよ」と、
バイクも音楽もわからない私に、
うれしそうな顔で、教えてくれたことがある。




”キィィィィ~~~~!”




私の前で、物凄い轟音ごうおん を響かせながら、
爆音を引きずるように、
そのクラシックな鉄の馬が、ピタリと止まった。






訪問者の愛車




黒のヘルメットに、黒のライダースーツ。
私よりも背が高く長身で細身。
まるでモデルのようだ。


長い足が優雅に伸び、
革のブーツが、アスファルトを捉える。


愛用のクラシックな鉄の馬から降りると、
私の方に向かって歩いてくる。
しなやかな体にフィットする革の質感が、
その動きに合わせてわずかにきしむ。


ヘルメットを脱ぐと、
サラリと揺れる髪が黒革の肩に落ちる。
その仕草までが、まるで計算されたように美しい。



「先生、久しぶり。遅くなった?」



久しぶりに聞く彼女の声。
この声が、彼女との
暮らしの始まりを告げるチャイムだ。


”ポンッ!”


彼女がヘルメットを
私に投げ渡す。


私はそれを、
うれしそうにキャッチすると、
それを横に抱えて・・・



私「お帰り!冬子!」




クールな彼女の物言いとは対照的に、
久しぶりに彼女の名を呼ぶ私は、
やや興奮気味もあってか、大きな声になる。



そんな私を小さく笑いながら、
手袋を外すと、それも私に手渡す。
やがて、私の正面に立つと、



”ガバッ!”





私を正面から抱きしめた。



冬子「いつもここで待ってるの?」


私「毎年・・・ね。」


冬子「相変わらずね。ウフッ。」



冬子は、私をよく抱きしめる。
彼女の方が、背が高いので、
いつも首から下げている
銀のペンダントが良く見える。
よほど大切な物なのだろうか。



冬子「先生!」



私「ん?何だい?」



冬子「今年は、少しだけ長くいられるかもしれないわ。」




今年も冬子との生活が・・・これから始まる!





私の屋敷(pexels様



   



私は、小説家だ。


広い屋敷に住んでいる。


4人の愛人と共に・・・


小説を書くこと以外に、


何も出来ない私を、


愛して支えてくれる・・



女たち同士の


取り決めで、


1年のうち、


数か月だけ


交代で、私を独占できる。


ただ、互いに決めた約束で、


お互いに、私を独占している間は、


一切、顔を合わせない。


私といない間、3人の女たちは、


それぞれ別な所で暮らしている。




女たちは、私のことを、


「先生」
と呼ぶ・・・






冬子は、自由奔放な性格だ。
しかし、厳しい面もある。


私は、冬子に叱られることも多い。
でも、嫌な気持ちになったことは、
今まで一回もない。
厳しさの中に、温かさがいつもあるからだ。


冬子だけは、私と会わない間に、
何をしているのか知っている。
冬子が、教えてくれたからだ。


冬子は、有名なピアニストらしい。
私と会わない期間は、
欧州全土を旅して演奏しているようだ。


毎年、この数か月だけ帰国して、
私の愛人として、そばにいてくれる。


いつの間にか、私の屋敷にピアノを運び込み、
どうやらピアノには、定期的な調律が必要らしく、
年2回くらいは、専門の人間が来てメンテナンスしている。


まあ、私は音符すら読めないので、
音楽のことは、まるでわからない。


何だかカメラも好きらしく、
仕事ではないのだろうが、
この時期でしか撮影出来ない、
ここ周辺の風景をカメラに収めてる。


音楽も、カメラも、バイクも・・・
私には、さっぱりわからない。


私にわかるのは、
冬子の美しさと、その魅力だけだ。


ピアニストだから本当は、
手や指を大切にしなければならないはずなのに、
それでも何もできない私の身の回りの世話を、
テキパキとやってくれている。


冬子といるこの期間は、
何だかんだと、
イベントが多い。


クリスマス、年越し、
正月、初日の出、初詣もあったな。
その他に、冬子の気まぐれで、
急に連れ回されることも多い。


「先生、行くよ!支度して。」


冬子がそう言い出すと、
寒くて普通なら出かけないはずなのに、
気がつけば冬子が買ってくれた
私専用のヘルメットを被らされ
彼女愛用の、鉄の馬にまたがっている。


・・・そして、細い腰につかまって
風の中を、どこまでも駆けていく。


今年もお前の愛馬で、
どこへでも私を連れ回しておくれ。
お前の背に伝わる温もりを、
ずっとこのまま感じていたい・・・






2025年 1月



年越し~正月の楽しさも、
どこか遠い昔に世間がすっかり日常に戻る頃。



私「あ~~~!書けない!」



最近の悩みは、何も書けなくなったということに尽きる。
パソコンに向かえども、何も浮かんでこない。
空白と、にらめっこする日々だ。


こんな時、冬子はというと、
同じ部屋の離れた所で、
楽譜や自分で撮った写真なりを見ている。


”ハァ~~!”


わざとらしく大きくため息をつく。
冬子に慰めて欲しいからだ。
しかし、冬子はそんな甘い女性ではない。


何日も続くにらめっこに、
心底まいってしまった私は、
イスから降りると、
丁度、真後ろの離れた所に、
冬子がいる位置で、大の字に寝転んだ。



私「冬子、私は書けなくなってしまったよ。
  もう何日も、空白のままだ・・・。」



少し頭をのけぞらせて、後方の冬子を見る。
こちらに顔も向けず、楽譜を読んでいる。



冬子「・・・知ってる。」



冬子は、他の愛人たちみたいに、
私を甘やかしてくれない。
特に、弱気な時ほど相手にしてくれない。
冬子に慰めて欲しい気持ちを、冷たく突き放すのだ。



私「もう書けなくなってしまった私は、
  この世では生きていけない。
  冬子・・・一緒に死んでくれるかい?」



我ながら少し大胆なことを言ったものだ。
ここまで言えば、さすがの冬子も心配してくれ・・・



冬子「イヤよ。」



私「え・・・?」



冬子の答えは、
崖から身投げしようとしていた私を、
後ろから突き落とすような言葉だった。


冬子は、相変わらず楽譜から目をそらさず、
吹雪のような冷たい言葉を続ける。
私は、温かい言葉で慰めて欲しいのに・・・



冬子「先生とは、いつでも、
   一緒に死んでもいいと思ってるけど、
   今はイヤ・・・絶対イヤ!

   負け犬みたいな先生とは死ねないよ。
   傑作の一つでも世に残したら、
   その時は、一緒に死んであげるよ。」



やっと楽譜から目を離すと、
私にやっと笑顔を向けた。


冷たい言葉なのか、温かい言葉なのか、
よくわからないけど・・・


気がついたら・・・



泣いていた。



冬子「ほらほら、先生泣かないの。」



私が泣いているの気づいて、
やっと楽譜をテーブルに置くと、
ゆっくりとこちらに歩いてきた。



冬子「書けなくなったっていいじゃん。
   先生の一人くらい、
   私が面倒みてあげるよ。」



冬子は、こういう所があるから、
愛さずにはいられないのだ。
冷たさの中にある温かさほど、
温かいものは無いからだ。



・・・だが私も”先生”と呼ばれる男だ。
ここで面倒みてくれとは言えない。



私「そうはいかんよ。
  何も書かなくなったら、
  私は、”先生”じゃなくなる。
  気持ちはうれしいが、
  甘えられんよ。」



冬子が上から私の顔をのぞき込み、
何か、”してやったり”みたいな笑顔をする。
冬子の長い髪が、私の顔に時折かかる。



冬子「クスッ・・・
   
   そういうと思った。

   ・・・先生、行くよ!
   さあ、立って支度して!」



冬子は、私の右腕を掴んで
起こそうとする。



私「おいおい、どこへも行きたくないよ。
  私は、書かなくちゃいかんのだよ。」



冬子「いいから、いいから!
   早く、起きてよ。」

   
 


”ドゥルルル・・・”



気がつくと、鉄の馬が低くいななき、
私は、冬子の細い腰につかまっていた。


私「負けたよ。
  もう、どうにでもしてくれ。
  冬子様のお好きなように。」



冬子「素直でよろしい。
   しっかりつかまってて。
   先生行くよ!」




ブオォォォン!




私(どこへ行くのかなんて・・・
  どうでもいい!

  こうして冬子につかまり、
  その温もりを感じていられるなら、
  少しでも、この時間を長く感じていたい。)



私たちを乗せて駆ける鉄の馬は、
今まで力強く伸びるようなサウンドだったのが、
エンジンの回転数が上がると、
鋭く響く、稲妻が走るようなサウンドへと変わった。




バァ~~~ン!!




どれくらい駆けていたのか、
冬子の温もりから伝わる心地良さに、
流れる風景なんて、目にも入らなかった。



”キィィィィ~~~~!”




鉄の馬が、悲鳴のようないななきで、
私を現実へと引き戻した。
冬子に手を引かれ、
足を踏み入れたその建物は・・・






コンサートホール




こんな所が近くにあったのか?
あまり大きくないが、
何だか隠れ家のような感じのする、
訪れた人を優しく包み込むような
温かな空間・・・


冬子に連れて行かれたその建物は、
柔らかみがあって、品のいい、
小さなコンサートホールだった。


空席はまばらで、
客席のほとんどは、
すでに埋まっていた。


冬子「先生、ここだよ。
   座ろっか・・・ね?」


冬子は先に座ると、
私の右腕を両手でつかんで、
自然な動作で隣に座らせた。



私「なあ、冬子。
  一体何が始まるんだい?
  結構、お客さん来てるね。」



冬子は、私の顔を見ないで、
中央のステージを見ている・・・


冬子「ミニコンサートよ。」


私「ミニコンサート?」



冬子「地元の小さな楽団がね、
   チャリティーで、
   ミニコンサートを企画したの、
   チケット代は寄付になるんだって。

   実は、前もって買ってあったんだけど、
   まさか、先生の方からきっかけをくれるなんて。
   誘う手間が省けたわ。うふっ。
   サンキュー、先生!」



冬子がイタズラっぽい視線を
私に投げかけた。



私「チャリティーコンサートはいいけど、
  私には、音楽はわからないよ。
  場違いじゃないのかね。
  やっぱり帰る・・・」



立ち上がろうとする私の腕をつかみ、
再び座らせる冬子。



冬子「まあまあ、いいじゃない。
   ホラッ、始まるわよ。」



”パチパチパチパチ”



開演を待ちわびる観客たちの拍手が、
会場中に響き渡った。


冬子「ホラッ!
   先生も拍手して、
   始まるわよ。
   とにかく聴いて。」



”パチパチパチ・・・”

  


私は戸惑いながらも、うなが されるままに拍手をすると、
間もなく、楽団員たちがステージに登場した。






地元の小さな楽団




演目がスタートすると、
当たり前だが、
私の知らない曲ばかりが演奏された。


知らない曲だが、
楽団員たちの気持ちが
こもった演奏に聴こえた。
理由のわからぬ心地よさを感じる。



私「よくわからないけどさ、
  曲に気持ちがこもってるね。
  聴いていて伝わってくるよ。」



冬子「ふーん・・・
   先生、わかるじゃん。」



冬子は、こちらに顔を向けなかったが、
口元だけは、ニヤリと微笑ほほえ んでいた。



珍しく冬子がめてくれたので、
私の心は弾んだ。


私「そ・・・そうかい?」



冬子「じゃあ今度は、ステージを見て。
   どの楽器の奏者でもいいわ。
   よーく見て、先生。」



私「う・・・うん。」



とりあえず、言われるままに、
ステージを見た・・・
視線の先は、やはり冬子が専門としている、
ピアノに向いてしまうのは、自然なことだろう。



冬子「ピアノを見てるのね。
   じゃあ、弾いてる人をよく見て。
   
   先生、指先だけを見てるでしょ?
   弾いてる人の全身を見て。」



確かに、冬子の指摘する通りで、
ピアノを弾く、指先に注目していたので、
少し引いて、全体で見ることにした。



冬子「わかりやすい所だけ言うわ。
   弾いてる人の表情を見て。

   弾きながら変化してるでしょ。
   楽曲の持つ、怒りや喜び、悲しみ、
   そういった感情を、表情で表現しているの。」

   
   


なるほど。
確かに曲に合わせて、
情感を込めて、表情を変えている。


冬子「表情は、ほんの一部よ。
   身体全体を使って、音楽を表現しているの。

   ”五感を使った演奏”

   私たちが心掛けてることよ。」



私「五感を使った演奏・・・」



五感とは、人間が外の世界を知るためにある感覚だ。
視覚・聴覚・きゅう 覚・味覚・触覚。
この五つからなる感覚のことをいうのだが・・・


冬子「五感は、互いに影響し合ってるの。

   指先の感触(触覚)と鍵盤けんばん の音(聴覚)が連動して、
   滑らかな演奏を生み出すの。

   楽譜を目で追う(視覚)ことで、
   次にどんな音が出るかを予測し、
   指の動きに反映させたり、

   ホールの空気(嗅覚)を感じることで、
   演奏者は空間と一体化し、
   音楽の表現(味覚)をより豊かにするとか。

   人によってそれぞれ違うけどね。」



私「なるほどなあ。
  ただ、指先だけ動かしてるわけじゃ
  ないんだな・・・。」


冬子「じゃあ、今度は客席を見渡して。
   何かわかる?先生。」



ステージから、周囲へと視線を変える。
視線に入る観客数人をよく観察した・・・


私「大人しく座って聴いてるけど、
  視線はステージに向けたまま、
  肩や膝を動かして、リズムをとってるような・・・

  目を閉じている人もいるけど、
  どこかしら動かしてる。

  ・・・観客も五感で感じてるのか?」


冬子は、満足そうな笑みを浮かべる。


冬子「上出来よ!先生。

   観客も、ただ座って聴いてるだけじゃないのよ。

   
   ”五感で音楽を感じているの”

   この先、私が何を言うかわかる?」

   
   

私「観客にも”五感の相互作用”が、
  あるってことかね?」

   


冬子「えてるわ、先生。
   すごいじゃない!
   その通りよ。」



冬子に褒められると、
素直にうれしい気持ちになる。



冬子「観客は、演奏者の表情、衣装、ホールの照明(視覚)と、
   楽器の音色やリズム(聴覚)が組み合わされることで、
   音楽に奥行きを与えるの。

   ただ音を聴くだけじゃなくて、
   視覚的な情報をもとに、
   音楽の感情やストーリーを、
   より鮮明に感じることができるわ。

   ちょっと難しいかしら?先生。」



私「大丈夫・・・続けてくれ。」



冬子「低音の響きや楽器の振動(聴覚)は、
   身体を通して直接、
   皮膚や胸に響く感覚(触覚)を生み出すの。

   
   聴覚と触覚が連動することで、
   音楽から伝わる感情がより強く感じられ、
   感動や興奮が増幅されるのよ。」



私「なるほどねえ~。
  音楽を聴くって単純な話じゃないんだな。

  でもさ、冬子。
  音楽を聴いていて、
  匂いを感じたり、味を感じたりって、
  これは無いんじゃないのか?」



冬子が、座席の片側に寄り
ほおづえをつくと、
得意気な顔をして答えた。



冬子「あるんだな~そ・れ・が。」


私「あるのか!」


驚いた私の表情を見て、
微笑びしょう を浮かべながら続ける冬子



冬子「ある音楽を聴くと花の香り(嗅覚)がしたり。
   ある音楽を聴くとコーヒーや紅茶の味(味覚)がしたりね。

   どっちも音楽が記憶の奥底にある、
   香りだったり、味だったりを刺激してよみがえ ってくるの。

   
   それはただの香りや味じゃないの!
   音楽が連れて来た、”特別な香りと味なの”

   香りと味が重なって、音楽がまるで物語のように、
   味わい深くなってくるのよ。

   ・・・・ごめん先生。
   少し説明ばかりで、退屈させたかしら?」

   


冬子が珍しく熱く語り、
そして、謝罪までしたことに、
私は驚きを隠せなかった。


私「全然退屈じゃないさ、勉強になったよ。
  講師の先生の教え方が素晴らしいからね。

  つまりだ。
  細かい所まで理解できたか不安だけど・・・

  演奏するがわ は、五感に訴える演奏をして、
  聴く観客は、それを五感で受け取ってる。

  こういうことでいいのか?冬子。」



冬子「すごい!すごいじゃない!
   先生、飲み込み早いわ。」



冬子の得意分野で褒められると、
彼女と心が通じ合えた気がして、
素直にうれしく喜んだ。


冬子「じゃあ、先生。

   私には小説とかって、
   わからないけど・・・

   先生が導き出した答え。

   演奏する側と聴く観客の側、
   それぞれの五感を、
   先生と読者に当てはめたら

   ・・・どうかしら?」
   



私「そうか!わかったぞ!」



私は、頭の中をおお っていた厚い雲が、
冬子の一言で、瞬時に晴れた喜びで、
思わず大声を出してしまった・・・



周囲の観客「しーー。」      

     「お静かに。」




私「すいません・・・」


冬子「クスッ・・・」


マナー違反をして周囲の観客に謝罪する私。
それを見て、冬子はクスッと笑った。


私「おぼろげながらだけど、
  理解できた感じがするぞ、冬子。」


冬子「さすが、私の先生ね。」



私「私は、五感を文字に落とし込み、
  読者の五感に訴えるような、
  そんな小説を目指して書けばいいんだな。」



冬子「私には、それが正解かわからないけど、
   先生が導き出した答えなら、
   きっとそうだと思うわ。うふっ。」



冬子の柔らかい片方の手が、
自然な動作で、私の手を握った。



私「ありがとう冬子!
  キミのおかげだ。」


冬子「どうする先生?
   帰ってすぐ書き始める?」



私「いや、このまま最後まで聴いてからにしよう。
  ・・・それに、もう少しこのままでいたいからね。」



冬子「わかったわ、先生。」


私「冬子!」


冬子「なあに?」


私「ピアノ・・・
  いや、音楽が好きになったよ。」


冬子「・・・うん。ありがとう。」
  


この後、最後まで聴いて、
私の屋敷に帰った私は、
パソコンではなく、
久しぶりに原稿用紙で書いた。


今日、冬子に教わったことを、
私なりに小説の世界に投影してみた。

何日かぶりに、”空白とにらめっこ”から解放され、
小説家としての日常を取り戻すことができた。


冬子・・・ありがとう。


キミのおかげだ!





2025年 2月14日



今日はバレンタインデー。


毎年、この日、
冬子は、チョコレートの代わりに、
私だけのミニピアノリサイタルを開いてくれる。


むろん、私には音楽はわからない。
だが、冬子が弾いてくれた曲の中で、
『これいいな』と私が言った曲は、
全てモーツァルトだった。
それで、自然とモーツァルトメドレーになったのだ。



今、最後の曲が終わったところだ。





冬子のピアノ



”パチパチパチパチ”



感謝の気持ちを込めて、
大きく拍手を送る。


冬子「先生、ありがとう。」


私「こちらこそありがとう。
  とても素晴らしかったよ。

  ・・・ねえ?冬子。」


冬子「なぁに?先生。」


不思議そうな顔をして
私を見る冬子。


私「今年はね・・・
  1度だけでいいから、
  お願いしたいことがあるんだ。」


冬子「えー?何かしら。」
  


私は、ピアノの前まで行き、
座っている冬子の目の前に立つと、



私「裸でピアノを演奏してくれないか?」


  


冬子「え?」


冬子が呆気あっけ に取られた表情になる。


私「決して下品な気持ちからじゃないんだ。
  それだけは、わかって欲しい。

  綺麗な姿勢で演奏している
  冬子の後ろ姿をいつも見ていて、
  もっと綺麗な冬子を見てみたいと、

  そう・・・心が欲してしまったんだ。

  おかしいかい?冬子。」



冬子は、黙ってうつむいたままだった。


・・・私の美への飽くなき欲望が、
冬子を傷つけてしまったのか?
彼女の姿を見て、そんな焦燥感しょうそうかん に駆られた。



長い沈黙が続く・・・


この長い沈黙が明けた時、
私に幻滅した冬子は出て行き、
どこか遠くへ行ったまま
もう二度と私のもとへ帰って来ない・・・
そんな恐怖感が胸を締めつけた。



自分の愚かな一言で、
大切な冬子を失ってしまう・・・
冬子の長い沈黙は、
私の絶望を増幅させる。


気がついたら・・・


私は泣いていた。


冬子「ん?」


私の異変に気づいた冬子は、
立ち上がると・・・


私を抱きしめた。


私より背の高い冬子の声が、
頭上から聞こえる。


冬子「困った変態さんね。
   ・・・一度だけよ。
   ホラホラ、泣かないの。」



冬子の一言が、私の絶望を吹き飛ばした!



私「ありがとう!冬子。
  終わったら、寒いだろう?
  ガウン取って来る!
  ちょっと待っててくれよ。

  すぐ、すぐ来るからな。冬子!」


私は大急ぎで、寝室にある冬子のガウンを取りに行った・・・


すぐに部屋に戻ると、冬子は既に、
私のお願いを聞き入れてくれていた。


ピアノの前に静かに座る冬子の背筋は、
月光を受ける彫像のようでいて、
白磁のようななめ らかさをたた えた、
肩甲骨から腰へと流れる曲線が、
優雅な静寂をまとっていた。


私「美しい・・・」


冬子の圧倒的な美を称える言葉が自然に出た。


ふと視線を落とすと、
冬子が脱いだ洋服と下着が、
綺麗に畳まれて置かれていた。


よく脱ぎ散らかす女性がいるが、
ああいうのは、よろしくない。


普段、自分を包んでくれる、
服にしたり、下着にしたり、
そういった物への感謝の気持ちがないからだ。


感謝出来る女性というのは、
内面まで自然に美しい。


女性の美しさとは、
決して外面だけじゃなく、
内面も相まって”美しい女性”と言えるのだ。


私の愛人たちは皆、
教えずとも”美しい女性”だった。
それは、素晴らしいとしか言いようがない。


冬子「先生、始めるよ。」


私に背を向けたまま、
声をかける冬子。


私「ああ、すまん。
  寒いだろうから1曲だけでいいよ。」


冬子「じゃあ、始めるよ。」


冬子が弾いてくれた曲は、
私が日頃、何度もリクエストする曲だ。
モーツァルトの曲らしいが、
曲名は知らない。
それでも、一番好きな曲だ。


視覚から来る冬子の美しさと、
曲の音色から来る美しさ。
冬子が教えてくれた、
五感の相互作用を、今体感している。


同じ曲なのに、
いつも以上に、音の奥行を感じる。


わずかながらだが、
以前よりも、音楽世界の住人になれた・・・
そんな気持ちにさせてくれた。


夢のような時間は、
余韻よいん を残して終わった。


私は、感謝の気持ちを込めて、
力いっぱいの拍手を送った。


すぐに私は、背を向けたままの冬子の肩に、
そっとガウンを優しくかけた。


冬子「ありがとう。」


私「ありがとう!冬子。」


私の情熱的な感謝の言葉とは
対照的に、冬子は下を向いたまま
しばらく黙っていた。


私「どうしたんだい?」


長い沈黙にたまりかねた私は、
冬子の顔をのぞきこんだ・・・


すると、下を向いたまま、
いつも大事そうに首から下げている、
ペンダントを、手のひらで転がしていた。





冬子の大切なペンダント





冬子「先生にね、謝らなくちゃいけないことがあるの・・・」



長い沈黙の後に出た言葉が意外なものなので、
私は少し戸惑った。


私「謝るって何をだい?」


冬子「実はね、先生の他にも、
   愛してる人がいるの・・・ごめんね。」



冬子の告白に、どう反応すればいいのかわからず、
やっと、一言答えるのが精いっぱいだった。



私「そ・・・そうか。」


冬子は、手のひらでペンダントを
転がしながら言葉を続けた。


冬子「まだ売れてない頃だけど、
   ローマで一緒に演奏してる人で、
   お互いに好きになった人がいてね。」



冬子が、自分の過去を話すのは珍しいので、
邪魔をしないように、顔をのぞき込むのはやめた。



冬子「毎日のように愛し合って・・・
   将来も誓い合ったんだけどね。」


私「・・・うん。」


冬子「死んじゃったんだ・・・

   ひかれそうな猫を助けようとして。

   ・・・バカだよね・・・」



冬子の声が、わずかに震えていたが、
私は気づかないふりをした。


冬子「実はね・・・
   このペンダントの中に、
   彼の写真が入ってるの・・・

   もう何年も経ってるのに・・・
   捨てられないの・・・

   何度も捨てようと思ったんだけど、
   ダメだったの・・・

   私も・・・バカだよね。」



冬子の声は、先より大きく震えていたが、
私には、かけてやる言葉が見つからず黙っていた。


冬子「忘れようと思ってるんだけど、
   忘れられないの・・・

   先生が今はいるのに・・・
   忘れないとダメだよね。

   これも捨てなくちゃね。」



冬子は、先まで手のひらで転がしていた
ペンダントを、ギュッと握りしめた。



私「いいんじゃないの?」


冬子「えっ?」


私の意外な言葉に驚いて、
顔を上げて私を見る冬子。


その瞳がうる んでいる気がして、
恐らくは見られたくないだろうから、
さっと、背を向けて言葉を続けた。


私「いいんじゃないかな?
  忘れなくても・・・

  別に私は、ローマの恋人のこと、
  忘れなくてもいいと思うよ。

  忘れなくても、
  冬子への愛は変わらないよ。」



冬子「でも先生・・・」



私「私は男だから、
  女の愛するってことはわからないけど。

  男がホレた女を愛するっていうことは、
  そのホレた女の過去まで愛するってことなんだよ。」



冬子「え・・・」


私「人間、長く生きていれば人に言えない過去もある。
  特に、冬子みたいな魅力的な女性だったら、

  忘れられない男の一人や二人いて当たり前だ。
  いや、むしろ私の冬子ならいて当然だろう?」



私はあえて、まだ冬子に背を向けたまま言葉を続けた。



私「男がホレた女を愛するってことはね、

  その女が持っている
  人に言えない過去や、
  むかしの男の思い出や、
   
  そういうのを全部ひっくるめて、
  愛するってことなんだよ。

  
  ローマの恋人の思い出を、
  私は、これからも愛するつもりでいるよ。

  だから、忘れなくてもいいし、
  その大事なペンダントだって、
  捨てなくてもいいんだよ。冬子。」



冬子「先生!」




冬子はイスから立ち上がって、
私のもとに駆け寄ると、
そっと私の肩を掴み、
いつものように、
正面から私を抱きしめた。



私「・・・・」



冬子は私より背が高い。
私の頭を両手で抱えると、
ガウンの下にある、
二つの夢のふくらみの間に、
私の顔を挟むようにして、
いつもより強く抱きしめた。



”ポタッ・・・ポタッ・・・”



頭上から何度もしずく が落ちて来る・・・


私は、冬子が泣いている姿を見たことがない。
正確に言うと、この時も見てないのだが、



この日、初めて冬子の涙を感じることが出来た・・・


冬子「先生・・・
   もう少しだけこのままでいていい?」


私「ああ、いいよ・・・」



冬子との心の距離が近くなった、
バレンタインデーの夜だった・・・





2025年 2月25日






ひな人形たち




今日は、冬子と一緒に、
ひな祭りの準備をしている。


広い屋敷のどこにあったのか?
冬子が見つけて来て以来、
毎年、この頃になると
一緒に準備をして飾っている。


ひな人形たちをしまう時は、
いつも春子と一緒だ。
もう、その時には冬子はいない・・・


一緒に準備をすると言っても、
冬子が色々とやってくれるので、
私は、そんな冬子をなが めてるだけなのだが・・・


冬子は、もうすぐ私のもとを離れ、
また欧州へと戻ってしまう・・・


女たちが、私と離れている間、
どこで、どのような暮らしをしているのか、


一切聞かないことにしてるし、
これからも聞くことはない。


ただ、冬子に関しては、
本人が教えてくれたので、
知っているのだが・・・


遠い異国の地にいる間の冬子は、
毎日どんな暮らしをしてるのだろうかと、
ふと思うことがある。


演奏中に失礼な観客が、
冬子にイヤな思いをさせないだろうか。


遠い異国の地での生活は、
私のところにいる時と違って、
寂しい思いはしてないだろうか。


そもそも、有名なピアニストの冬子が、
どうやってこんなにも長い時間を、
私のために確保できているのだろうか?



もしかすると、
つきたくもないウソをついて、
私のもとに来てくれているのかもしれない。


ひょっとすると、
コンサートの主催者や関係者と、
ケンカでもして来てくれたのかもしれない。


冬子のことを色々と考えると・・・



気づけば、涙があふれていた



冬子「先生、また泣いてるの?クスッ」



ひな人形の飾りつけを終えた冬子が、
私が泣いていることに気づいた。



私「冬子のことを愛おしく
  思っていたら、
  自然に涙が・・・」



”ボリッボリッボリッ”



冬子「ああ~~~っ!
   先生、泣きながら
   ひなあられ食べないでよー!


   さっき、おそな えしたばかりなのに・・・

       

   ああ~っ!甘酒も飲まないでよー!」



私は供えてあった、ひなあられも甘酒も、
全部、平らげてしまうと冬子に言った・・・



私「だって・・・
  ひなあられも、甘酒も、
  無くなれば・・・

  また用意しなくちゃならんだろ?

  そうすれば・・・
  ずっと冬子がいてくれるから・・・」



冬子「困った甘えん坊さんね・・・」


冬子は手に持ってる物を置くと、
私のそばへと駆け寄って来た。



”ガバッ!”



冬子は、いつも以上に力強く、
私を引き寄せると抱きしめた・・・



冬子「また来るよ・・・先生。」


私「うん・・・待ってる。」



その後、私は冬子に唇を奪われた・・・



”チュッ!”




満開の桜を眺める時・・・


新緑に囲まれる時・・・


梅雨の長雨に打たれ歩く時・・・


セミの大合唱に包まれた午後のひと時・・・


すすきが銀色に輝くのを眺めている時・・・



急に、一陣の冷たい風を感じることがある。



そんな時、冬子を思い出す・・・


冬子とは、そういう女性だ。



私の愛する冬子・・・


世界中の、どの女性よりも幸せでいておくれ。


そして・・・


世界中の、どの女性よりも、


私は・・・


冬子を一番愛している!




今年も12月になったら、


玄関でお前が来るのを待ってるよ!












いつもステキな画像に感謝!<
写真AC様イラストAC様






<ねこま通信>



さて、長編にも関わらず
最後までご覧いただきまして
本当にありがとうございました。


ここからは、あとがきです。
今回は、余韻よいん を大切にしたいので、
すぐ終わりにします。
よろしければ、最後までお付き合いください。


「4人の愛人と暮らす私」シリーズ、
第3弾  冬子編をお届けしました。


実は、冬子編は書けないと思っており
つい最近まで、来年にしようかなどと
思っておりました。


だらだらと当初は、
そのわけを書こうと思いましたが、
一つの記事になるくらいになりますので、
いつか機会があればにします。


実はつい最近、
とてもステキな女性との出会いがありまして、
あ、いつものように付き合ったとかじゃないですよw
一方的な、ときめきとロマンスです。


冬子というキャラクターは、
3人の女性によって完成しました。
その中でも、最近出会った彼女が占める割合は、
60~70%くらいです。


どれだとは説明しませんが、
読者が幾つか、印象的に残った
先生と冬子のセリフがあったと思いますが、
その中に、実際に過去の私が言ったり、
過去に女性に言われたりなどのセリフがあります。


まあ、それは読者における
想像の楽しみという物にしておいて、


今回ですね、初期から、
ご覧くださってる愛読者様の中にも、
この冬子という女性は、
坂本猫馬が書く女性のタイプで、
初めて見たタイプじゃなかろうかと思います。


先生と冬子の会話ですが、
今までにないような、
テンポの良さというか軽妙なやりとり
だったのではないでしょうか?


最近出会った、とてもステキな女性と
私との会話から着想を得ているものでして、
彼女との会話のやりとりが、
テンポ良かったものですから、


そういった生き生きとした会話が、
今回、先生と冬子との会話における、
テンポ的な下地になっております。


長くなるので終わりにしますが、
とにかく、この冬子編というのは、
最近出会った、とってもステキな女性への
ときめきとロマンスがあったゆえに、

今までにない、愛の傑作になったと断言できます。


冬子の物語が印象に残ってくださるなら幸いです。
春子は・・・やるかわかりませんw


では、これで終わりにします。
あとがきまでお付き合いくださりまして、
ありがとうございました。


では、また次回作でお会いしましょう!


さようなら!







「貴女は、夏子?、秋子?、冬子?、

 

  ・・・・・それとも春子?」




<失恋の帝王>坂本猫馬が、全ての女性に捧げる、


       ”大人の童話”


  

「4人の愛人と暮らす私シリーズ」



  「春子編」    連載するかも?



まだ、夏子、秋子と出会ってないかたは、


この機会に、夏子、秋子と出会ってみては、いかがですか?









<坂本猫馬先生の、新作が読めるのは、

       ”note" だけ! >





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坂本猫馬
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