【Emile】4.イドの王

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白い花園。女王が歩けば、花が歌い、輝きを増す。女王の心臓は未だ健在。
女王は嗾され、ナイフで風穴をあけた。
彼女は見てしまった。
奴は王となる。
女王の心は、奴に奪われた。
赤く染まり、枯れていく花達は、まるで私たちのよう。
女王の心を取り返さなくては、平和は訪れない。
汚れた女王は、心を探して彷徨い歩く。

「おとぎ話さ、これは。真実じゃない。だから図書館に並んでないだろ?」
青年はヤタカたちにある本を見せました。

「作者は、[L.]」ヤタカが本をまじまじと見つめていました。
「もし君たちの言っているように女王が何かを無くしたのだとすれば、それはイドの王が持っているのかもしれないね。」
「だってオヴ。満足した?」
「目標ができたな。」
「なら、よかった。
ねぇ、お兄さん最後にいいかな。」

ヤタカは青年の顔を見つめました。
「何だい?」
「お兄さんは、なんのために研究者の誇りを捨ててまで、イドの模様をわざわざ記録してるの?」

「なんのためとかないよ。けど、続けてたら何かになるかもしれないだろ?何もないかもしれないけどさ。それに、俺は捨ててなんかいないよ。むしろずっと持ち続けてる。研究所を追い出されて、こんな小さな部屋に追い込まれてもね。

多分ずっと持ち続けるよ。俺はイドたちを知らなくちゃいけないと思ってる。研究すべきは彼らを殺すことじゃなくて、彼らを知ることだって、それこそが研究者のあるべき姿だって信じてるんだ。」

「へぇ。僕好きだよ。その考え方。」
「ありがとう。わかってくれるのは、君くらいだよ。」
「意味がわからない。」オヴはそう言って、軽蔑の目を向けました。
「同じこと、大人の人に言われたよ。」
研究者は優しく微笑みました。

「あの言い方はないんじゃないか。
せっかく力になってくれたのに。」
ヤタカは研究室を出てスタスタと前を歩くオヴの肩を掴みました。

時間はもうすっかり夕方になっていました。人で溢れかえっていた校舎には、賑わいがなくなっていました。

「なんだよ。ヤタカ。偉くなったな。
親近感が湧いたのか?お前と一緒で無駄なことが好きだから。花を散らしたりさ。」
「無駄じゃない。」
ヤタカは、オヴを睨みました。

ヤタカがオヴのことを怒りのこもった眼で睨んだのはこれが初めてでした。

「無駄だよ。何かになるから私たちは行動を起こすんだ。何かってわかるだろ。女王のためだよ。全部母親のためだよ。全部母親のためになるから行動するんだよ。

模様がなんだ。あいつらのことを知ったところでなんになる。知りたくもない。あんな奴らそもそも、生まれてくるはずじゃあなかったんだ。湧いて出てくる醜い塊じゃないか。」
オヴはなんの感情もなく淡々と、言いました。

一切温かみを含まない冷たい眼を見て
「そうだね」
ヤタカはそう言って

オヴの肩から手を離しました。

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